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紅茶に溶ける銀の花。01

イクチヨモ、カナシキヒトヲ。


 職員玄関で靴を履き替え、綺麗な石畳の上を歩いて向かう。
 学生時代は職員寮があることすら知らなかったから目に映る風景に懐かしさはあまり感じないが、流石は超有名私立校。
 隅々まで手入れが行き届いていて、石畳も植物も輝かんばかりだ。

 庭師はさぞかし高い給料を貰ってるんだろうな…。
 少人数でやっていれば、の話だけれど。
 ディックのところで雇われている専属庭師も「評価して頂けるのは嬉しいんですが、こんなに頂いていいのかと不安になりました」って、俺に漏らしたことがあるし。
 や、でも、レイノルズ家当主は大の日本好きだから、比較するのは無意味か?
 心が休まる日本庭園を作り出す日本人庭師に、感動のまま支払ってるのかもしれない。


 英語の授業に関する話をしながら辿り着いた職員寮は、学生寮より若干古そうで、若干素朴だった。
 が、二十二歳の若者が住むには十分過ぎるほど立派であり綺麗だ。
 同年代から見れば俺の居住環境というか生活環境は、間違いなく恵まれている方に分類されるだろう。

 …いや、待て。俺の友人はみんないいマンションに住んでいる気がする。
 新社会人は稼ぎが少ないから安アパート、っていうイメージがあるが、誰一人としてアパートで生活したことがある奴はいないような…。
 というか、あいつらには安アパートもボロアパートも似合わない。
 まあ、普通のサラリーマンじゃないし、学生時代から既に普通じゃなかったもんなあ。

 類は友を呼ぶ、とはよく言ったもんだ。


「カナ先生、こちらです」

 にこにこと柔らかな笑みを浮かべて先導してくれる堀川先生の後を追い、『管理人室』と書かれている部屋の前で立ち止まる。
 どの学校にもあるだろう、受付のような窓越しに「羽野(ハノ)くん」と呼びかけると、堀川先生の声に反応して一人の青年が顔を出した。

 ――…えらい別嬪さんだな。

 雰囲気で男だとわかるが、女装させたら誰も女であることを疑わないだろう。
 女物の服を着て少し化粧をすれば、すらりとした美人の出来上がりだ。
 パティの妹だと言っても通用するかもしれない。
 東洋人と欧米人とじゃ瞳の色が違うから、ディックを騙す時には「妹」の前に「腹違いの」という言葉を付け加えなければならないだろうけれど。

 と言うか、苦労してそうだな。
 ここは山奥にあるような閉鎖的な男子校ではないが、同性愛者は少なくないと聞いている。
 それに高校生という年齢を考えれば、ただ単に美人とヤりたい、という生徒は多いだろう。


 そんなことを考えながら自己紹介を済ませ、二人の会話を聞いていると、堀川先生の携帯が着信を告げた。
 どうやら英語科でも会議をやるらしい。
 入学式と始業式を控えた今はどの科も忙しいんだろう。

 自分だけが忙しいと思うな、藪下め。

「すみませんね、カナ先生」
「いえ、お忙しいところ、どうもありがとうございました」
「それじゃあ羽野くん、後はよろしくお願いします」
「はい」

 申し訳なさそうに頭を下げ、小走りで戻って行く堀川先生をにこやかに見送る。
 あの人が担任だったら良かったのにな…。
 勿論3Gの生徒の為ではなく、副担任の俺の為に。

 我侭を言えば最後まで堀川先生に案内してもらいたかったが、管理人がこのミルクティー色の髪を持つ青年なら話は別だ。
 後ろから声をかけられるよりも早く、くるりと振り返った俺は先程とは違う笑みを浮かべた。

「卯月(ウヅキ)くん、俺の部屋の鍵は??」

 窓の向こうにいる卯月は目と口を丸くする。
 当然の反応だ。
 初対面の人間に突然ファーストネームで呼ばれれば誰だって驚くに決まってる。

「は? ………え??」

 が、しかし。

「うーづきくーん」

 残念ながら俺と卯月は初対面じゃない。
 フルネームを名乗ったことも、夜以外に顔を合わせたこともなかったけれど。

「、…!!? っか、」

 誰だお前、と訊かれて初めて『カナ』と答えた相手を忘れるほど、『jumbleのカナ』は薄情じゃないぜ?


「カナ、さん…っ!!??」


 はい、大正解。





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