ねえ、アレックス。 貴方は俺の言葉を信じていなかったようだけど。 『大嫌いです』 『…そう。タカヒロがそれでいいなら、いいんだよ』 今もこの気持ちに嘘はない。 心の底から嫌いだ、って思ってる。 口が虚しい、と書いて嘘。 「空大が、好きだ」 付き合って欲しいって言われた時は、目の前が真っ赤を通り越して真っ白になるくらい、本気で腹が立った。 陸大は俺と違って何事にも全力で取り組む真面目な奴なのに。 陸大は俺と違って重責にも期待にも自分にも負けない凄い奴なのに。 陸大は俺と違って周囲や世間に必要とされている存在なのに。 非難の言葉が身体中を駆け巡って、笑わなきゃ罵倒したい衝動を逃がせなかった。 でも。 「嘘」 長瀬さんを見てたら、わからなくなった。 俺は何に対して「許せない」って思えばいいんだろう、って。 長瀬さんは陸大の代わりに俺を求めたはずなのに。 長瀬さんの目は陸大を映したがってたはずなのに。 快楽で理性がなくなってる時も、熟睡してる時も、長瀬さんは『陸大』の名前を口にしなかった。 そっくりの顔を持つ俺を間違って『陸大』と呼ぶことは一度もなかった。 それは陸大を忘れたからでも、俺を愛していたからでもない。 抱いてるのも、傍にいるのも、『空大』だとわかっていたからだ。 長瀬さんは陸大の代わりに俺を傍に置いたくせに、『陸大』と『空大』をちゃんと別けていた。 一度も同一視しなかった。 だから、俺は、 「嘘じゃない」 「だって、長瀬さん、俺を見てなかった」 長瀬悠平が、大嫌い。 「長瀬さんは確かに俺と陸大を区別してたけど、長瀬さんにとっての『俺』は、『中途半端に陸大を演じる空大』だよ。俺じゃない」 「…、…」 「見て、なかった、よ」 貴方の目はいつも『空大』だけを映してたけど。 貴方の頭の中にいる『空大』の隣には、いつも『陸大』がいた。 同一視はしなくても、二人は常に一緒だった。 貴方にとっての『空大』は、『陸大』がいなきゃ存在しない。 「――…怖かったんだ」 「‥‥何が?」 「陸大と付き合ってたことを言わずに告白したし、最初は本当に、陸大の代わりに空大に会いに行ってたから。真っ直ぐに『空大』だけを求めれば、俺がどんなに汚い男かってことがバレる、って。全部を知られて嫌われるのが、怖かったんだ」 「…嘘」 好きになったのは、本当に“俺”だって言うの? 違う、そんなはずない。貴方は“俺”を見てなかった。 だって、あの陸大を好きだった貴方が、“俺”を見られるはず、ない。 「空大」 「嘘、やだ、やめて。そんな慰め、要らない」 「空大」 俺、日本を出る前に誓ったんだ。 アメリカでは素直に生きよう、って。 日本では嘘ばかりついていたから、アメリカでは本心を隠すのはやめよう、って。 今までの半年間、ちゃんと誓い通りに生きてきたよ。 嘘で塗り固めることも、誤魔化すことも、しなかった。 だから、やめて。 もう何も望まないってことも誓ったんだ。 俺は心の底から望んだことを叶える為に、自分勝手なことをし続けたから。 これ以上何かを望むことはやめよう、って。固く決めたんだ。 だから、やめて。 「好きだ」 そんな言葉、聞きたくない。聞かせないでよ。 「…きら、い、」 「、……」 「長瀬さん、なんか、きらい、だ」 「‥嫌い、でも、いい。嫌われても仕方ないことを、俺はしたから。本当にごめん」 「なに、それ。本気で、言ってるの。なんで、……」 嫌われても仕方ないことをしたのは、俺だよ。 汚いのも、俺だよ。 「なんで、そういうこと、言うの。なんで、言えるの。もう、言わないでよ。もう、や、だ…っ」 「空大…??」 なんで。なんで、憎ませてくれないの。 許せない、って、思ったのに。 殺したいとすら、思ったことがあるのに。 「憎ませて、よ」 汚いままで、いてよ。 俺なんか見ないで、陸大だけを見ててよ。 「なんで、貴方が、謝るの」 利害は一致してた。 貴方は陸大の代わりになる存在を求めて、俺は自分の罪を軽くしてくれる存在を求めて。 お互いに利用し合っただけ、だよ。 謝罪なんて要らないから。告白なんてしてくれなくていいから。 最後まで「憎い人」でいてよ。 「ごめん」 「ッ、だから、」 「俺がはっきりしなかった所為で、空大を傷つけたから」 「貴方じゃない! 傷つけたのは、」 「空大、聞いて欲しいんだ。謝ってから言いたい事があって、会いに来たんだ」 「、やだ、もう何も聞きたくないっ」 「空大」 耳を塞ぎたいのに、手を掴まれて動けない。 そんな目で見ないで。 「好きだ。これからも傷つけることがあるかもしれないけど、俺と付き合って欲しい」 「……っ、あ、アレックスと、」 「珠樹くんから、付き合ってないって聞いた」 馬鹿珠樹。余計なことするな。 「‥長瀬さん、嫌い。嫌いって、言った」 「嫌いでもいい、って言っただろ。空大が俺のことを嫌いでも、好きじゃなくても、俺は空大を好きだから。俺が、空大の分まで好きでいるから」 もう何も聞きたくないって言ってるのに。 これ以上、頭の中を掻き混ぜて欲しくないのに。 言わない、って。決めたのに。 「……って、ない」 「え?」 「好きじゃないなんて、言って、ない」 「‥、え……たかひ、ろ…?」 俺の意志を裏切って、口が勝手に言葉を紡ぐ。 ――――もう、隠すのはやめよう。 「好きだよ」 好きだから、好きな分だけ、嫌いなんだ。 NEXT * CHAP |