もし、嘘にカタチがあるなら。 固めて出来るのは、『鳳空大』だと思う。 口が虚しい、と書いて嘘。 ホテルから約一時間半、電車を乗り継いで戻って来た家の中は、思った以上にガランとしていた。 「とりあえずガスはオッケー、だな」 まず最初に台所でガスのスイッチが切れていることを確認して、一階の部屋の電気と戸締りをチェックする。 母さんを信用してないわけじゃないけど、こういうのは何人かでやった方が確実だからさ。 一人だと先入観みたいなものに邪魔されて、何かを見落とすってこともあるし。 二階にあるのは、俺の部屋と陸大の部屋、そして父さんの書斎。 すっかり家具がなくなってるのは俺の部屋だけなのに、時々帰って来る二人の部屋にも生活感がまるでなくて、ちょっと笑ってしまった。 よし、二階も電気と戸締り、オッケー。 今から戻ってもお昼には早い時間だし、少し掃除しようかな。 いつ帰って来るかわからない父さんの為じゃなくて、俺と残される家の為に。 ピ ン ポ ー ン ふぅ……。 隅から隅まで列車拭きすると流石に疲れるな。 最近は掃除機やモップに頼りっきりだったから、雑巾掛けに必要な筋肉が衰えていたのかもしれない。 …どこの筋肉が必要なんだろ? 背筋は確実に使うよな?? なんて、珠樹に話したら笑われそうなことを考えて腰を伸ばしていると、玄関のチャイムが鳴った。 噂をすればなんとやら、ってやつか。噂じゃないけど。 「はーい、開いてるぞー」 間隔をあけてもう一度押されたチャイムに、第二の家みたいなもんなんだからドアノブ回してみればいいのにと思いつつ。 軽い気持ちでドアを押し開けた俺は、珠樹、と呼ぼうとして失敗した。 一週間ぶりに見た姿に目を見開く。 「‥、なが、せ、さん……」 なんで。なんでここにいるの。 「…空大」 住所を知ってるのは別に不思議なことじゃない。 俺はわざと教えなかったけど、陸大と付き合ってた時は少なくとも一回、門扉の前まで来たんだから当然だ。 町内に「鳳」という表札のかかった一軒家はここしかないから、曖昧な記憶だったとしても最寄り駅から辿り着くのはそう難しくないだろう。 そのことに対する『なんで』じゃない。 ばいばい、って。言ったじゃん。 全部俺の計画で、お芝居だった、って。言ったじゃん。 それなのに、何で家に来るの。 「……空大、話が、」 「帰って下さい。俺はもう貴方と話すことなんて何もないし、陸大はここにはいません」 「たかっ、!!」 バタンと閉めて鍵をかけ、リビングに戻る。 わけわかんない。 今更俺に、どんな話があるっていうんだ。 確かに昨日の電話では俺が一方的に喋ったけど、訂正されるほどズレたことは言ってない。 文句を言いに来る暇があるなら陸大に会いに行けばいいのに。 「空大、開けてくれ。話があるんだ。頼む、空大、っ!」 「邪魔です。退いて下さい」 掃除の後片付けを済ませた俺は、ドアにはり付くようにして立っていた長瀬さんをドアを開けることで押しのけ、外へ出た。 肩に乗せられた手を無視して鍵をかう。 「空大、好きだ!!」 ……朝っぱらから何を言ってるんだ、この人は。 住宅地のど真ん中で大声を出すなんて、ドラマじゃあるまいし。 「言う相手、間違ってますよ」 ご近所さんに聞かれてたら嫌だな、と考えていた俺は、長瀬さんに無理矢理振り向かされた瞬間、目を丸くした。 その行為に驚いたからじゃない。 いや、それにも少しは驚いたけど、反転する一瞬前、ド派手な色が視界の隅を掠めたからだ。 …今の赤って……。 「やあ、タカヒロ。お邪魔かい?」 キッ、と停まる音が響いて、背後からかけられた声に、気のせいではなかったことを確信する。 「いえ、全然。乗せてもらえるんですか?」 「勿論。タカヒロを迎えに来たんだからね」 「でも、まだお昼には早いですよ? 何時の約束だったんですか?」 「一時。でもホテルに来る用事が出来たって言って、八時頃にホテルで受け取ったんだ。…タカヒロ、どうぞ」 「失礼します」 タクシーのように自動で開いたドアに驚きつつ、右側の助手席に乗り込む。 …内装まで赤か。本当に派手だな。 「、たかひろ……」 アレックス側の開いてる窓から、長瀬さんの震えた声が入ってくる。 ああ、いいね、その表情。 貴方を傷つけてやろう、って決めた日からずっと、その顔が見たかったんだ。 ――昨日までは、の話だけど。 アレックスを俺の新しい恋人だと勘違いしてるのかな。 だったら、それを利用させてもらおう。 シートに凭れるアレックスに擦り寄る形で窓に顔を近づけ、俺は今までで一番、綺麗な笑顔を向けた。 「ばいばい、長瀬さん」 陸大とも、貴方とも、ここでお別れ。 永遠に。 「タカヒロ、いいのかい?」 「何が?」 「彼。本当は好きだったんでしょう?」 「まさか。嫌いですよ、あんな人」 傷つけてやろうという俺の思い通りに、傷ついた、馬鹿な人なんて。 「大嫌いです」 「…そう。タカヒロがそれでいいなら、いいんだよ」 「要らない」 「うん?」 もう、要らない。何も。 一人の人間を助けることは、もっと簡単なことだと思ってた。 テレビの中のヒーローが世界中の人々を助けることとは、違うから。 一人の人間を助けることは、難しくないことだと思ってた。 でも実際は、助けて「はい、終わり」とはいかなくて。 助けたい人のことも、自分の周りにいる人のことも、傷つけた。 きっと、 護れたものよりも、傷つけたものの方が多くて。 得られたものよりも、失ったものの方が多くて。 だから。 「もう何も望みたくない」 NEXT * CHAP |