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九回目の嘘。


 正しいと思ったことなんて、ただの一度もない。



口が虚しい、と書いて嘘。




「そんなことお前に言われなくたってわかってんだよ!! 母さんを傷つけることだって最初からわかってた!!」

 それでも、母さんの傍にいることしか考えられなかった。

「じゃあ何でこんな馬鹿なことしたんだよ!?」
「他に何が出来たって言うんだ!! 勉強も運動も、何もかもを完璧にこなして。可愛い上に成績優秀で性格もいいのね、って。周囲からずっと褒められ続ければ良かったとでも言うのか?!」
「そうじゃないっ! 僕がいただろ!!」

 確かに俺には陸大がいた。
 ただの兄でも弟でもなく、誰よりも身近で、誰よりも頼れる片割れがいた。
 でも。

「二人だって無力は無力だ! 小二の餓鬼に何が出来る?!」
「やる前から決め付けるな負け犬!!」
「どうせ二人一緒じゃ駄目なんだよっ!! 片方が優秀で片方が平凡じゃなきゃ意味がないんだ!」

 二人とも極々普通の子供だった、ということになれば、一気に俺たち三人は居場所を失ってしまう。
 それに陸大は大勢の為に努力出来る人間だ。
 俺のエゴに付き合わせて才能を埋もれさせてしまうわけにはいかなかった。

「自惚れるなっ! 自分のしたことには意味があるとでも思ってるのか?!」
「なくたっていい!! 母さんをこの家から連れ出せるなら、今までのことに意味なんか要らないっ!!」
「ふざけるなッ!!!」

 陸大が床を殴りつけ、ガッ、と低い音が鳴る。

「……意味なんか要らない、だって…?? ふざけるなよ。今まで、僕がどんな気持ちで生きてきたと思ってるんだ」

 知らない。

「何の明確な言葉もなく、ある日突然空大に置いて行かれて、珠樹も離れて行って。独りにされた僕が、どんな気持ちで…ッ」

 そんなこと、知りたくもないよ。
 だって、どうせ理解出来ないから。

「なくていいなんて言うな! 意味なんか要らないなら最初からやるな!!」

 陸大が俺の気持ちを理解出来ないように。


「―――陸大の指図は受けない。俺は自分のやりたいようにやる」

「…笑わせるなよ。拙い計画しか立てられないくせに、何が出来るって言うんだ」

「母さんをアメリカへ連れて行く」

「どうせ一ヶ月も持たないに決まってる。わざわざ恥をかきに行くなんてご苦労なことだね」

「俺も母さんも英語には不自由してない。それに必要ならアレックスが通訳をつけてくれる」

「アレックス? ああ、空大をスカウトした物好きな男か。眼科を紹介した方がいいんじゃない?」

「向こうの理事長にも気に入ってもらった」

「‥‥へぇ、色仕掛けでもしたわけ??」

「だったらどうだって言うんだ」

「、…馬鹿にするのもいい加減にしろよ」

「先に馬鹿にしたのはお前だろ。理事長は俺のプレーを録ったビデオを見て、イメージにぴったりだと仰っただけだ」


 ――――ねえ、陸大。


「…本場の人間に気に入られたくらいで調子にのるなよ」

「のってない」

「‥負け犬風情が、本気で留学出来るなんて思ってるの」

「書類が正式なものかどうかは、とっくに確認してある」

「ふぅん、その程度で信用してるんだ。お目出度い奴だね」

「とんとん拍子に進んで怖いとは思ってる。でも、疑うところなんて一つもない」


 ――――お前には、太陽が似合う。


「……イイ子ちゃん振りやがって。虫酸が走るんだよ、お前の話を聞いてると」

「そうか。脅迫電話がかかってこなきゃ、俺の声を聞かせることはなかったんだけどな」

「、ッ…ほんと、腹の底からムカつく奴だよね、空大は」

「陸大は腹の底から真っ黒だろ。お互い様だ」

「はっ、よく言うよ…僕の数倍、猫被ってるくせに。腹の中どころか全身真っ黒だろ」

「陸大よりは色白のつもりだけど」


 ――――大地を駆ける姿が、良く似合う。だから、


「‥相変わらず、口が達者だね。言いなよ、本当の目的」

「目的??」

「留学する理由さ。あの女の為なんて嘘だろ?」

「それが嘘なら、残る選択肢は一つしかないんじゃないのか?」

「具体的なことを訊いてるんだよ。答えろ、空大」

「俺の為、としか答えられない」

「…言え」

「言えない」

「言え」

「ないものをどうやって言うんだ。俺の為以外の答えなんてないよ」

「言えって言ってんだろ!! 言って…っ、僕を納得させてみろ。僕が納得する答えを言ってみろ!!!」

「何を言ったってお前は納得しないだろ。……わかれよ、陸大。俺とお前はもう、並んで歩けないんだ」

「っ、!!」

「陸大を置き去りにしたあの日から、俺は陸大の隣を歩く権利を失ったんだ」


 ――――お前は、俺の隣にいちゃいけない。


「――僕はいつだって空大の隣を歩きたかった!! 二人で並んで歩きたかった!! それを…っ、勝手に僕を独りにしたくせに、僕が空大の隣を歩く権利まで奪うのかっ?!」

「ごめん」

「どこまで自分勝手なんだよ!! ごめんの一言で片付けられる程、僕の気持ちは軽くないっ!! 馬鹿にするなッ!!」

「ごめん」

「…っ、勝手にしろ!! アメリカでもどこでも行っちまえ!! 一生僕の前に現れるな!!!」

 最後に俺の胸を殴り、陸大は家を飛び出して行った。


 いつもどこか悲しそうな顔をして、俺たちを見ていた母さん。
 それに気付いてからずっと、笑顔が見たいと思ってた。
 でも、そうじゃない。
 笑って欲しいなんて、建前だ。
 本当はずっと、怖かった。
 優秀な子供なんて産むんじゃなかった、こんな子供要らなかった、って。
 そう思われるのが怖かった。
 だから平凡なふりをして、母さんの味方についたふりをして。
 産んで良かった、って思ってもらいたかった。

 近所のおばさんたちは優秀なお子さんで羨ましいわと言うのに、母さんは悲しそうな顔で微笑するだけだったから。
 色んなことが出来ると先生も褒めてくれたのに、母さんは少しも嬉しそうな顔をしなかったから。
 それが悲しくて、寂しくて。

 母さんの負担になりたくなかった。
 俺たちが産まれたことで母さんの人生を狂わせたくなかった。


 ただ、それだけだったんだ。


 ごめんね。陸大。





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