イクチヨモ、カナシキヒトヲ。 …そのデカイ腹か。その弛みきったデカイ腹が大音量の原因か。 どうせなら音量調節機能も搭載しといて欲しい。 「堀川先生! ちょっと!!」 新任教師の心情をこれっぽっちも察せない藪下の視線を追うと、突き当たりの部屋から出てきた男がそのまま脇の階段へ向かうところだった。 無視するなんて許しませんよ!、と言わんばかりの口調で藪下に呼び止められているから、あの人が堀川先生なんだろう。 えーと、確か楽観的とか生温い…とか言われてたよな? 自分本位の藪下の意見なんて当てにならないけど。 歩きながらさっきまでの会話を頭の中で掻き集めていた俺は、堀川先生を間近で見た瞬間、言葉を失った。 「――――!」 い、癒し系…っ! 「ああ、藪下先生でしたか。何かご用ですか?」 「今、お忙しいんですか?」 「いえ、特には…」 「そうでしょう、そうだと思いました。私はこれから数学科の全体会議があるんで忙しいんですよ。暇ならカナ先生に校舎や寮を案内してくれませんかね」 「ええ、構いませんよ。私でよろしいのなら」 超癒し系だ、この人。 むしろ和み系と言うべきか? 偉そうで嫌味ったらしい藪下の傍にいる所為か、漂うほんわかオーラの心地良さがハンパない。 ……日溜り。日溜りだよ、堀川先生は。 藪下の対極に位置するお方だ。 こんな俺でも見てるだけで物凄く癒される。 自信家の藪下に好かれる人間はそんなにいないだろうけど、水溜りみたいな藪下にとって堀川先生は天敵のようなものなんだろう。 「カナ先生、…カナ先生?」 「、え?」 「お疲れですか?」 堀川先生の声に驚いて顔を上げると、心配そうな目が俺を見ていて、失礼な言葉を吐いていた藪下はもう既にいなかった。 ‥本当に自分勝手な男だな。 青少年の教育によくないとか適当に理由をつけて『メタボ教師禁止令』作ったらどうですかね、久美子さん。 「あ、いえ、すみません」 襟を正し、頭を下げる。 俺のことは聞いて知っているようだが職員室にはいなかったので改めて自己紹介すると、堀川先生もにこにこ笑って応えてくれた。 「校舎はHR棟以外をご案内すればよろしいですか?」 「お忙しいのにありがとうございます。一応母校ですので、校舎は大丈夫だと思います」 「おや、卒業生だったんですか。それじゃあ懐かしいでしょう。校舎は変わってませんからね」 「ええ、我武者羅に勉強していた頃を思い出します。…職員寮まで案内して頂けますか?」 「勿論ですよ」 穏やかな笑みを向けられて、思わず俺も微笑み返す。 あー、ほんといいな、堀川先生。 現3Gの生徒たちはこの笑顔に癒されなかったのだろうか。 まあ、癒されることと真面目に勉強することがイコールで結ばれるとは思わないけど。 NEXT * CHAP |