曲がりくねった季節に。 日向がこういう性格に育った理由なんてわからない。 両親が仕事人間という点は同じだが、夫婦仲も過去も聞いていない。 でも、日向の目はあの頃の俺に似ている。 日向は『知らない』んだ。 何が最善なのか。 感情を上手く表現するにはどうしたらいいのか。 どんな言葉を遣えば正確に伝わるのか。 知らないから、人を『物』として見てしまう。 知らないから、人との会話が成り立たない。 自分が『知らない』ということすら、『知らない』。 それでもあの頃の俺と違って不安定じゃないのは、『知らない』ことが当たり前で、そのままでも特に問題がなかったからだろう。 金、容貌、頭脳、運動神経――男が欲しがるものの殆どを持っている日向は、何らかの努力をしなくても人の注目を集め、囲まれる。 見るからに干渉を嫌う日向に堂々と意見する奴なんていないだろうし、セフレの一人に何か言われたくらいで日向が心を動かすとも思えない。 俺は愛されることを知っていたからこそ、『知らない』という事実に拒否を示して逃げ出した。 正直、同情や仲間意識が一切ない、とは言い切れない。 でも、多かれ少なかれ言いたくない過去や傷を持った人が溢れる世の中で、気になったのは日向だけだ。 どうしようもなく心がざわついてムカつくのに、どうしようもなく惹かれてしまったのは、日向ただ一人。 自分だけはこの人のいいところをわかってるとか、自分ならこの人を支えられるとか、女みたいなことを言うつもりはないが、ロクでもない男に対する気持ちがまだ薄れないんだから、俺も相当の馬鹿だ。 ほんと、始末に負えない。 「俺がお前を嫌いなんじゃなくて、お前が俺を嫌いなんだろ」 日向に嫌われてることなんて最初からわかってたのに、実際に音にしたら心臓がドクリと悲鳴を上げた。 …乙女かよ。自分の弱さが嫌になる。 自嘲気味に嗤うと、俺の心情を察したのか、日向が目を丸くした。 「…、お前‥‥オレのこと、好きなのか?」 「そうだって言ったら?」 意趣返しのように、口角を上げて挑戦的な笑みを向ける。 日向はそんな俺を心なしか呆然と見下ろした。と思ったら、何故か眉を吊り上げて怒鳴った。 「ふざけんな!!」 いやいやいや、何で怒られなきゃなんねえの。 ここはニヤリって笑うか、ニヤニヤ笑うとこじゃねえの? 「オレが好きなら何でオレのもんになんねぇんだよッ!!」 ………ああ、そうか。 今の俺の台詞じゃ録音しても脅迫の材料にならねえから、決定的な台詞を言わせる為に怒ってんのか。 ご苦労さん。 「ふざけんなはこっちの台詞だ。好きだからに決まってんだろ」 「! だからっ、」 「日向が好きだからその他大勢になるのはゴメンだっつってんだよ!!」 録音も写メのように消してしまえば問題ない。 今は普通の生徒を装う気もないから、堂々と携帯を奪える。 「俺が欲しけりゃ俺だけのものになりやがれっ!!」 これで満足か!、と言うように余計なことまで叫び、呆気にとられている日向を押し退ける。 ったく、いつまでも人の上に乗ってんじゃねえっつーの。 ‥あ、ラッキー。 転がした拍子に日向の携帯がカシャンと落ちた。 探す手間が省けたぜ。 さて、目的のブツを早速消去………、おかしい。 何で普通の待ち受け画面なんだ? もう既に保存されているのかとデータファイルを開いてみたが、それらしきものは何もなかった。 録音してたんじゃないのか…?? 携帯を弄りながら首を傾げていた俺の前に、ふと影が出来る。 「お前にやる。だからお前はオレのものだ」 「、は?」 「お前しか要らない。お前の好きにすればいい」 「え、や、ちょ、待て。待て日向。意味が…、」 十分至近距離にいるのに、何故か更に近寄って来ようとする日向。 思わず後退る。 つーか、俺の両手をすっぽり包み込んでるこの手は何だ。 「オレがお前だけのものになれば、お前はオレのものになるんだろ??」 「へっ? ‥ああ、うん、そう言ったような気もするが、」 お前は一体いつ俺だけのものになったんだ。 誰のものになるかは当然日向の自由だが、手順や説明をすっ飛ばされ過ぎてわけがわからない。 少しは俺に脳内整理の時間を与えろ。 …もしかして、『お前にやる』ってのも『お前の好きにすればいい』ってのも、この携帯のことか? いやいや、仮にそうだとしても、だから何だ、って話だよな。 日向は携帯命!、っていうキャラじゃねえし、携帯が日向の心臓になってるわけでもねえし。 ここに入ってるものなんて、着メロとか写メとか日向の知り合いの連絡先…、知り合い……えー、あー、そういう意味、なのか?? 『お前にやる』 携帯を俺に譲る。 ↓ 『お前の好きにすればいい』 電話帳に登録されているセフレのデータを全部消してもいい。 ↓ 『オレがお前だけのものになれば、お前はオレのものになるんだろ??』 セフレとはもう連絡をとらないんだから、オレはお前(俺)だけのもので、お前(俺)もオレのものだ。 ―――と、つまりはこういうことですか。 NEXT * CHAP |