[携帯モード] [URL送信]
08
曲がりくねった季節に。


 真っ青な空を見つめながらぽつりと漏らした言葉に、日向の身体がぴく、と反応した。
 コイツに謝罪を求めるのは赤ん坊に逆立ちを教えるようなものだから無駄だと思っていたが、罪悪感はそれなりにあるらしい。
 あるだけじゃ何の意味もないって、…知らないだろうな。
 反省だけならサルでも出来る。

 つーか、押して駄目なら引いてみろ作戦かコレ。
 明らかに使うところと相手間違ってんだろ。

 俺の気持ちに気付いててわざとやってんのか?

「土下座して頼んだってお前のものにはならねえよ」
「っ……」

 なるわけねえじゃん。

「セフレが山ほどいて、校内でも堂々とヤってて、下半身中心の生活で、ごめんもありがとうもロクに言えなくて、抱いてる相手のことなんかこれっぽっちも考えてない奴に、俺のものになれ、って言われて、お前はなるのかよ?」
「………」
「お前らの基準や定義や概念なんて腐ってそうで聞きたくもないが、俺はそんなに軽くも安くもねえんだよ」

 俺だって男だから性的欲求がないわけじゃない。
 大学生がピークであることを考えれば、高校生の今は確実に上昇中だ。
 でも、それを処理する為だけに誰かとセックスをしたいとは思わない。
 感情の伴わない行為は中学で卒業した。

「……直せば、…」
「あ?」
「直せば、オレのものになるのかよ」
「ならない」

 そういう問題じゃねえし。
 即答してやると、顔を上げた日向は苛立たしげに見下ろしてきた。

「テメェ…、」
「お前、相手を『者』じゃなくて『物』として見てる時、『テメェ』って言うよな。さっき気付いた」
「…………」

 淡々と言う俺に口を噤む。図星か。
 俺が「てめえ」って言うのはキレてる時かキレかけてる時だけど。
 理由は何であれ、去る者を追うなんて日向らしくねえよなあ……と考えている内に予鈴が鳴る。

 五限は確か世界史だ。
 …俺、世界史の授業、あんまり好きじゃないんだよな。
 教師の教え方が意味不明っつーか、板書の仕方が意味不明っつーか。
 自分の頭の中で整理してノートとらなきゃなんねえから、問題出される数学とか化学より疲れんだよ。

 あ゛ー面倒だなー、行きたくねーなー、と思いつつも、平常点に響くことを考えればサボるわけにもいかず。
 身体を捻って起き上がろうとしたら、日向に肩を押し返された。

「…、なん、」
「嫌なのかよ」

 なんだよ、と言う四文字を言い切るより、日向が口を開く方が早かった。
 コイツ、ほんとに人の台詞遮るの好きだよな…。
 つーか、自己中だから人の話なんか殆ど聞いてないのか。
 よくよく考えてみれば、コイツとの会話がまともに成り立ったことはない気がする。

「そんなにオレが嫌いなのか」

 似たような言葉を繰り返されて思う。
 やっぱコレ、わざとだろ。
 俺の気持ちが自分に残ってるって知ってんだろ。
 らしくもない弱さ見せて、思わせ振りなこと言って、俺に「日向、好き」とでも言わせたいのか?
 今度は写メじゃなくて録音で脅すつもりかよ。
 ……そう、邪推するのに。

 馬鹿だ、俺は。

「嫌いなのは、お前だろ」

 ぶん殴ればいい。
 蹴り飛ばせばいい。
 わかっていてそれが出来ないのは、日向の目があの頃の俺に似ていると思えて仕方ないからだ。

 惚れた弱みで強く出れないなんてお前には似合わないと、誰か笑ってくれ。


 『狂犬』と呼ばれていた頃の俺は、星乃の言葉にしか耳を傾けなかった。
 両親が怒っても、担任が注意しても、クラスメイトが心配しても、無反応。
 理解を望んでいない俺にとって、会話は不必要なものだった。
 同じ境遇で同じものを分かち合っている片割れの言葉さえ、毎回大人しく聞いていたわけじゃない。
 何も聞きたくなくて、家や学校の中で顔を合わせない様に行動したことも多かった。

 数え切れない程のセックスや喧嘩をしたのは、性欲処理の為でもストレス発散の為でもない。
 頭の中が真っ白になるなら何でもよかったんだ。
 両親の離婚問題やそれに付随する物事を考えずに済むなら、会ったばかりの女を抱くことにも、悲鳴を聞きながら拳をめり込ませることにも、心は揺れなかった。
 内側に溜め込んだものを失くす為ではなく、内側で燻るものを意識の端へ押しやる為には、身体を動かすことが必要だった。

 俺が本当の意味でグレることがなかったのは、双子の妹である星乃の存在も大きいんだろうが、離婚届に記入し終わった両親に対してそれまでの思いを洗い浚いぶちまけた時、二人が素直に謝ったからだろう。
 大人だって色々あるんだとか、親に向かってなんてことを言うんだとか、そういうことを一切口にも顔にも出さず、頭を下げて俺たちの心情を受け止めてくれた。
 だから俺は、これからはきちんと親としての務めを果たすと言った二人に反抗しなかった。

 元々、両親を恨んだり嫌ったりして荒れたわけじゃない。
 愛されることも優しくされることも心配されることも、俺は知っている。
 知っているから、理解なんか望まなかった。
 誰も理解してくれない、わかってくれない、って、被害者ぶって捻くれたわけじゃない。

 向かい合うことから逃げていただけだ。





NEXTCHAP





第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!