曲がりくねった季節に。 「ね、知流。これからは会いに行ってもいいんでしょ? あたし、料理部だからよくお菓子作るし、持ってってあげる」 「‥俺、帰宅部だから帰るの早いぞ」 「その日くらい待ってなさいよ」 さっさと帰ったら許さない、と言いたげに、星乃はジュースを啜った。 じゅるじゅるじゅるじゅるっ…と盛大な音を響かせながら。 「星乃、みっともねえからやめろ、それ」 「知流、親父くさーい」 「………」 お前、親父に引き取られてから少し性格悪くなったんじゃねえの? 暴れまくってた俺の影響も多少はあるだろうけどよ。 引っ越すまでは普通だったはずだ。多分。 「あ、そうだ。メアドと番号教えてよ。受験終わった時に買ったんでしょ?」 「…ああ、携帯か」 指先でポテトを摘まみながら呟く。 星乃の買い物に付き合うついでに自分の携帯も選ぼうと思ってたのに、星乃が服だアクセだって次から次へと連れまわすから、すっかり忘れてた。 「今持ってない」 「えー、なにそれ。携帯するから携帯電話って言うんですけど」 「そういう意味じゃねえよ。壊れたんだ」 「えっ、うそ、マジで? トイレに水没??」 壊れたわけでもトイレに落としたわけでもないが、正直に説明するつもりはない。 つーか、どうやって説明しろってんだ、あんなこと。 曖昧に頷くと、星乃はあたしの友達もこないだそれで壊したんだよねー、と話し出した。 昨日まで使っていた携帯は、美容院からの帰り道、公園の噴水に突っ込んで壊した。 その後、止めの一発と言わんばかりに圧し折ったから、修復不可能だろう。 もしデータを戻せると言われても、ゴミ箱に捨てて来たから手元にないし、取り戻したいデータなんてない。 電話帳だって極身近な人間のしか登録してねえしな。 * * * 「悪いけど、俺、好きな奴いるから」 アンタとは付き合えない。 断りの返事を口にすると、俯いていた女子はそうですか、と呟くように言って走り去った。 姿が見えなくなったことを確認してから壁伝いに座り込む。 はぁあ……。 これで何度目だよ、俺の外見に惚れた奴からの告白、断ったの。 まだ三日目だっつーのに。 そんなにかっこいいか? 今の俺。 確かに長めの前髪と伊達眼鏡で顔を隠していたが、先輩にも同級生にも同じ中学から来た奴がいないことはわかっていたから、『狂犬』であることを悟られないようにと必死になって隠してきたわけじゃない。 ダサいって思われてイジメられるのも冗談じゃねえし、顔立ちぐらいはわかってたはずだ。 実際、俺とつるんでる奴らは周囲が騒ぐ度に、美人なのはわかりきってたことじゃねー?、と笑っている。 星乃以外から「美人」と言われるとは夢にも思っちゃいなかったが。 因みに、アイドル顔でもねえのに何で卒業シーズン並みの告白ラッシュなんだよ、と愚痴を漏らしたら、優しくて成績優秀ってとこにイケメンがプラスされたら彼氏にしたいって女子が思うのは当然じゃん、と言われた。 …女子に優しくした覚えはねえんだけどな。 脳内補整かかってんじゃねえの? 座り込んだまま夏の蒸し暑い風を感じていると、ポケットで携帯が震えた。 誰からの着信か、なんて、画面を見なくてもわかる。 「何だよ」 『聞いたわよー、また振ったんだってね?』 「くだらねえことで一々電話してくんじゃねえよ」 溜息と共に言葉を押し出す。 この携帯はあの日、あたしと同じ会社にしなさいよ!、と言う星乃に引き摺られて行ったショップで買ったものだ。 以前の携帯とは、メアドも番号も機種も会社も、全部違う。 『あーら、あたしにそんな口利いていいのかしら? 好きな奴がいる、なんて嘘のくせに。バラしちゃうわよー??』 アンタのことをよく知らないとか、今は誰とも付き合う気がないとか、そういう曖昧な返事は相手にもしかしたらという期待を与える。 だから、好きな奴がいるって言葉を断り文句にする奴は結構多い。 「バラしたきゃバラせよ。知流くんてどんな子がタイプなの?、とか、手作りのお菓子って嫌いかな?、とか、煩く訊かれて困るのはお前だからな」 日向のことは多分まだ好きだ。 相変わらず、自分でもよくわかんねえけど。 自覚したばかりの気持ちをたったの三日でなかったことに出来るほど、俺は冷淡じゃない。 でも、だからと言ってアイツのことを思い続けられるほど、情熱的なわけでもない。 『…チッ……』 「聞こえてんだよ」 『え、何が? 星乃様の麗しい声が聞こえてるって?』 「………………」 『今日マフィン作るから、先に帰らないでね、知流』 「‥‥へいへい」 いい加減な返事をして通話を切る。 星乃の奴、絶対に高校入って性格変わったな…。 別々に暮らし始めたのは中三の時だから正確な時期はわかんねえけど、小中学生の頃はこんなに図々しくなかった、っつーか、内気で消極的な感じだった。 逆さにして振ったって「星乃様」なんて言葉は出てこねえよ。 まあ、斯く言う俺も両親の離婚問題で荒れるまではただの元気な少年だったけど。 NEXT * CHAP |