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03
曲がりくねった季節に。


 中学時代、両親の離婚問題で荒れに荒れ、捻くれに捻くれていた俺は、周囲から『狂犬』と恐れられていた。
 漫画に出てきそうなありきたりなネーミングだが、当時の俺は確かに狂った野犬だったんだろう。
 喧嘩を売られればどんなものでも買ったし、徒党を組んだ連中に待ち伏せされた時も周囲にあるもの全てを使って潰してやった。
 合計で何人を病院送りにしたかなんて覚えちゃいない。
 校内で自分から暴れることはなかったが場所を選ぶ相手ばかりじゃないから、教師にも随分と迷惑をかけたと思う。
 私立だったら絶対に停学か退学処分喰らってたよな…。
 俺が卒業した時は嬉し泣きしたに違いない。


 翌日。
 短くなった髪を軽く後ろに撫で付けて登校したら、面白いくらい周囲の反応が違った。
 クラスメイトはこぞってどうしたの?、イメチェン?、何で隠してたの?、って訊いてきて、廊下で擦れ違う他クラスの奴らにはちょっと熱い視線を送られた。
 女だけでなく、男からも。
 …まあ、な、うん。わかってたけどな。
 生意気だと睨まれていた中学時代でさえ、ぷっくりした唇がエロいとか気色悪いこと言われて、男に襲われたことあるし。

 真面目で目立たなかった奴がイメチェンして凄ぇカッコ良くなったらしい!、という噂はあっという間に校内を駆け巡り、休み時間毎に大勢の人間が俺を見に来た。
 今なら動物園のパンダに共感出来る気がする。
 勝手に見て勝手に喋って、鬱陶しいことこの上ない。
 こっち向いて…だと?
 誰が笑顔なんぞ振りまくか。
 隠れてねえことを褒めやがれ。

 そして、昼休み。
 来るだろうな、と思ってた奴が文字通り突撃かまして来やがった。

「知流(チハル)!!」
「ごふっ!?」

 パスタ食ってる俺の背中目掛けて。

「ごほっ…う゛、‥」
「やっだ、大丈夫?」

 ちゃんと噛んで食べないからよ、とでも言いたげに背中を摩ってくる女に軽く殺意を覚える。
 お前、自分が今何したかわかってねえのか?
 あと少し早かったら口の中が血塗れになってたかもしれねえんだぞ?
 フォークを持つ手に力を込めた俺は、しかし双子の妹の目玉に凶器を突き刺すわけにもいかないので、ネクタイを引っ張るだけにしておいた。
 優しいお兄様で良かったな。

「ぎゃっ! ちょ、なに! 危ないじゃん!」

 その言葉、そっくりそのまま返してやるよ馬鹿野郎。

「星乃(ホシノ)、食堂で騒ぐな。目立つだろ」
「ふんだ。あたしが来る前から十分目立ってたくせに。って言うか、何であたしに何も言わないわけ?」
「何を言えと」
「前の格好に戻ったことに決まってんでしょ!」
「言わなくても来たじゃねえか」

 予想より遥かに遅かったけどな。

「それは誰かが『狂犬』かもしれないって話してるのを聞いたからよ! そうじゃなかったら見かけるまで気付かなかったわ。どっかの誰かが格好良くなったって、あたしには関係ないんだから」
「さいですか」
「ちょっと、スルーしないでよ。『狂犬』だってバレてもいいの?」

 煩ぇな。飯くらい静かに食わせろよ。
 隣の席に勝手に座って顔を寄せてきた星乃の額を掌で押し返すと、その手をぎゅっと握られた。
 いや、ぎゅむっと捩じられた。痛ぇ。

「かわいい女の子の顔を押し返すなんて、どういう神経してんのよ」
「かっこいいって騒がれてる男の手の甲を力の限り捩じるなんて、どういう神経してんだよ」

 こんなに話したのは入学式以来――いや、あの時は俺が一方的に口を開いただけだから、両親が離婚して以来、と言うべきか?
 とにかく、目を合わせるのも言葉を交わすのも随分久しぶりだってのに、どうしてこう、尖がった空気になっちまうかなぁ…。
 尖がってるのは星乃で、星乃を尖がらせてるのは俺だってわかってるけどよ。

 ……ああ、いいや、もう。
 今回は俺が譲歩しよう。
 確かにあの時は俺が悪かった。
 同じ高校に進学したことを知って喜んでる星乃に、他人の振りをしろって言ったんだから。

「ごめんな、星乃」
「っ…、一回くらいじゃ足りないわよ、ばか」

 黒い猫っ毛を撫でながら謝ると、星乃は唇を尖らせて横を向いた。
 ふんっ、て……それで怒ってるつもりか?
 バレバレだっつーの。
 どうやら小さい頃からの癖は今も健在らしい。
 それなら、俺が次に言う言葉は一つだ。

「何すればいい?」
「…放課後、買い物に付き合って。それで許してあげる」
「わかった」

 了承の返事をしながら、頭をぽんぽん撫でる。
 俺が笑っていることに気付いたのか、ちら、と視線を寄越した星乃は、徐々に唇を綻ばせて、嬉しそうに笑った。





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