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三回目の嘘。


「じゃーなー!」
「また明日!」
「寝坊すんなよー!」
「お先に失礼しまーす!」

 片付けと着替えを終えた者から部室を出て行き、鍵当番の俺と珠樹が残る。
 昨日のちょっとしたハプニングなどなかったかのように、部員たちの態度も練習風景もいつも通りだった。

 ――――本当は、最後まで一緒にいたいって思ってる。



口が虚しい、と書いて嘘。




 日誌と格闘している珠樹の横でビブスを畳んでいると、煩い足音が聞こえてきた。
 擬音語にするなら『ドダダダダッ』か『ダババババッ』だな。
 …誰か忘れ物でもしたのか?

「おーとり!」
「…ウエキン……」

 俺の苗字を叫びながら部室のドアを開け放ったのは、男子バスケ部の顧問だった。
 上木だからウエキンと呼ばれている。

「そんなに急いで、何かあったんですか?」
「っ、はぁ゛ー……疲れた。全力疾走なんてするもんじゃねェな」

 ウエキンは珠樹の質問を無視し、ちょいちょいと俺を手招く。
 椅子から立ち上がって近寄ると、目の前に突然500mlのペットボトルが現れた。
 っ…びっくりした。
 ていうか、そんなに近づけられたらぼやけて見えないんですけど。

「なんなんで、す…っ、これ!」

 ぱああっ、と顔を輝かせた俺に、ウエキンはわかったか、と口角を上げる。

「新発売のレモンティー!! え、くれるんですかっ??」
「ああ、お詫びだからな」
「…、あー…」

 何に対してのお詫びなのかは訊くまでもない。
 薄っすら汗をかいている冷たいペットボトルを受け取りながら、俺はわざとらしく顔を顰めた。

「好物を与えて機嫌をとろうなんて、教師の考えることじゃないですよ」
「いいじゃねェか。それ、飲んでみたかったんだろ? コンビニまで行って買って来てやったんだから、ありがたく飲めよ」
「…お詫びのくせに恩着せがましい」

 ぽんぽん頭を撫でてきた手を払い落とし、椅子に戻った俺は小気味良い音をたててキャップを開ける。
 何でウエキンが知ってたのかは甚だ疑問だが、発売されるのを知ってからずっと飲んでみたいと思ってたのは事実なので。
 二十分ほど前に練習を終えたばかりの身体がまだ水分を欲していたこともあり、大きめの一口を飲み下した俺は、不貞腐れた顔を作るのも忘れて頬を緩めた。

「美味し〜っ! これ、今度絶対でかボトルで買う!!」

 たまにハズレがあるから新商品が出てもすぐに自分で買う気にはなれないけれど、これは自分でお金を出しても全く損した気分にならない。
 超当たりだ。

「そりゃ良かった。じゃ、二人とも早く帰れよ」

 思わず笑顔になった俺を見て大袈裟だなと言いたげに笑った後、ウエキンは手を振って出て行った。


「なあ珠樹、俺のアイスティー好きって、結構知られてるのかな」

 最後に戸締りのチェックをして部室に鍵をかけ、珠樹と並んで正門を出る。
 最寄の駅までは五分とかからない。
 電車を待ちながらふいに問いかけた俺に、珠樹は何を今更、と言う顔をした。

「殆どの奴が知ってるだろ」
「え、何で」
「自己紹介の時には必ず『好きなものはバスケとアイスティーです』で、文化祭や体育祭の時には必ず『差し入れはアイスティーがいい』だろ、お前」

 ……まあ、確かに。
 否定はしないというか、肯定しか出来ないというか。

「今じゃ知らない奴の方が少ねーよ」
「俺、アイスティーが好きな男として知られてるのか…。なんか、変な感じ」
「何で?」
「だって、親しくもない奴が俺の好きなものを知ってるのに、仮にも恋人であるあの人は知らないんだぜ?」

 むしろ、嫌いなホットティーを好きだと思ってる。
 『俺』はアイスティーが好きで、ホットティーが嫌いなのに。
 あの人の中にいる『僕』は、ホットティーが好きでアイスティーが嫌い。

「お前が教えてないからだろ」
「そりゃそうだけど、自分から教えるわけにいかないじゃん。俺は一応『僕』なんだから」

 笑い声を掻き消すように、ホームに電車が滑り込んで来る。
 女子じゃないから私服でも制服でもスカートなんて穿かないけれど、髪は同じように風を受けて乱される。
 それを手櫛で軽く整えていると、横から伸びてきた珠樹の手が俺の伊達眼鏡を奪っていった。

「酷い奴だよ、お前は」

 前髪をかき上げられ、クリアになる視界。
 その端でシニカルな笑みを浮かべている珠樹に、俺は先ほどの珠樹を真似て何を今更、という顔を向けた。

「全部知ってて俺の傍にいるお前も、相当酷い奴だよ。少しだけ感謝してるけど」
「心の底から、の間違いじゃないのか?」
「調子に乗るな」


 天井から吊り下げられている広告の中で、俺と同じ顔が笑っていた。





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