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二回目の嘘。


「忙しい時にごめんなさい。送ってくれてありがとう」

 休日でも人の目があるから、送ってもらう時はいつも一つ手前の曲がり角で降りることにしている。
 シートベルトを外し、ドアを開けてからお礼を言うと、先生は俺の髪をくしゃくしゃにかき混ぜた。

「お前はそんなこと気にしなくていいんだよ。俺が好きでやってるんだから」

 頑張って来い、バスケ部のエース。
 笑った先生に、俺は行って来ます、と答えて車を降りた。



口が虚しい、と書いて嘘。




 氏名と部活名が筆記体で刺繍された、白地に緑のラインが走るスポーツバッグ。
 着替えやらドリンクやらが入っているそれを肩から提げ、容赦ない日差しから逃れる為にハンドタオルを被る。
 なるべく建物の影に入るようにして数分歩いていると、正門に見知った男子生徒が立っているのが見えた。
 頭にタオルを被っていて顔なんてろくにわからないだろうに、そいつは俺よりも早く名前を呼んだ。

「空大!」
「おはよ、珠樹」

 流石幼馴染、と思いつつ、片手をへらりと上げる。
 面倒だからペースなんて上げない。
 そもそも俺が急がなくたって珠樹の方から駆け寄ってくる。

「今日も暑いな」
「暑くて溶けそう」
「‥お前な、だから帽子くらい被って来いって言ってんだろ」

 練習を始める前から疲れた声を出す俺に溜息をつきながらも、珠樹は自分の帽子を俺に被らせた。
 え、なんでタオルと帽子が交換されんの。
 驚いて顔を上げると、子供も大人も老人も見惚れるような美形の男が呆れたように笑っていた。

「馬鹿なエースの世話をするのは、優秀なマネージャーの仕事だからな」
「…自分で優秀って言うなよ」
「馬鹿なエース、ってのは認めるのか?」
「馬鹿は耳タコだからなー。百歩譲って認めてやるよ」
「かわいくねーな」

 言いながら、膝の裏を軽く蹴られる。

「ありがとう」

 口と足で返事をすると、今度は後頭部をぱこんと叩かれた。

「エースって思ってんならもっと大事にしろよ。てか、珠樹何か用事あったんじゃないの?」
「あ? 何で」
「何で、って。正門の前に立ってたじゃん、このくそ暑い中」

 どんな用事かなんて想像もつかないが、何か用事でもなきゃわざわざ日の当たる場所に立ったりしないだろ。
 俺なら顧問に頼まれても全力で断るけどな。

「別に用事なんかねーよ。強いて言えばまだ来てないお前を待ってた」
「は?」
「何それ、みたいな顔すんな。折角の顔が馬鹿に見える」
「昔っから馬鹿馬鹿言ってるお前の台詞じゃねえよ、ってか、馬鹿はお前じゃん」

 迷子になるほど方向音痴じゃないし、もう二年なんだから迷うはずがない。
 暑い思いをするだけで何もいいことなんてないだろう、と言う俺に、珠樹はふーん、と意地悪そうな表情を浮かべる。

「うっかり者の顧問の口からうっかり溢された重大発表に実は動揺してるんじゃないか、と心配して待っててあげたオレにそういうことを言うわけか、空大は」
「え…、だってあれは別に…。一日早くなっただけだし、あいつらもわかってくれたし」

 マジかよ!、とかもっと早く言えよ!、とか、怒られたことは怒られたけど。
 レギュラーを争うギスギス感とは縁のない弱小バスケ部だから、先輩後輩関係なく仲が良くて。
 全員で俺を揉みくちゃにしながらも最後には「頑張れよ!」と笑ってくれた。
 確かに今日言うはずだったことを昨日のミーティングでぽろりと言われた時にはびっくりして一瞬固まったけど、気まずい雰囲気が漂うこともなかったから、俺は少しも動揺してない。

「…ほんと、お前は昔っからそうだよな」
「、は?」
「何でもない。けど、オレは待ってて良かったと思うぞ」

 部室棟に辿り着き、階段の前で珠樹が足を止める。

「何で?」
「それ」
「それ?」

 珠樹の男らしい指がすっ、と指し示したのは、首筋。
 誰のって、勿論俺の、だ。
 しかし、いきなりそんなところを指差されたって何のことだかわからない。

「…なに?」

 首を傾げると、珠樹は呆れたように言った。

「キスマーク」
「うそっ?!」

 予想外の台詞に慌ててTシャツの襟を引っ張る。
 でも、首筋なんて自分の視界に映らない。
 …ちょっと待て。
 キスマークなんかついてるはずないだろ?
 だって見えそうなところにはつけないで、って言ってあるし、お風呂に入る時に毎回鏡で確認してる。

「! もしかして……」

 あれか?
 ソファーでキスした時につけられたのか?
 痛みなんて感じなかったけど…でも、それしか考えられない。
 …なんで見えるところにつけるんだよ……。

「…………」
「空大、顔赤いぞ」
「…うるさい」
「見せびらかすなよ、襲いたくなんだろ」
「…黙れ色魔」

 鍔の下から睨みつけた途端、両頬をむぎゅっ、と摘まれる。

「誰のお陰で他の部員にからかわれなくて済むのかな?」
「ごべんなざい。ばんぞーごーどっでぎでぐだざい」

 よろしい、と頷いてから手を離す珠樹。
 この野郎、好き勝手に引っ張りやがって…。
 びよんびよんに伸びたらどうしてくれるんだ。

 手鏡を見ながら絆創膏をはった俺は、珠樹の後頭部をタオルで叩いてから部室に足を踏み入れた。





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