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01


「来ねえし……」

 教室で待ってろというメールが来てから早二時間。
 五時を過ぎれば居残ってどうでもいいような話をしていた連中もみんな帰って行き、夕陽の差し込む静かな空間にいるのは俺ただ一人。
 一向に姿を現さない送り主からの連絡は、当然のようにナイ。

「…帰るか」

 はあ、と深い溜息をつきながら皺の寄った眉間をぐりぐり。
 律儀にアイツを待ってた俺が馬鹿だった。

 そろそろ本気でこの関係を終わらせることを考えた方がいいかもしれない。




曲がりくねった季節に。





 待ち惚けを食わせたアイツ――日向賢聖(ヒュウガケンセイ)と俺は、同じ高校に通っている。
 学年も同じで、二年生。
 つまりは同級生なのだが、一学年八クラスもあれば同じクラスにならない限り顔と名前は一致しないし、廊下で擦れ違っても上履きを見るまで同級生だと気付かない生徒も大勢いる。
 俺は帰宅部で積極的に話しかけるタイプでもないから、他の生徒に比べて知り合いの数は少ないだろう。

 そんな俺でも、日向の存在は一年の時から知っていた。
 去年も今年も離れたクラスで体育を一緒に受けたこともないけど、その容姿と言動で随分目立っていた日向のことは知ろうとしなくても勝手に耳に入って来るんだよ。

 百八十を超える身長に、鍛えられた肉体、精悍で漢前な顔立ち。
 欠席や欠課が多く、授業態度も悪い為に成績はあまり良くないが、運動神経と頭脳は優秀。
 その上男にも女にもモテるから喧嘩を売られることも多いらしいが、毎回相手を病院送りにしているという噂だから、多分腕に覚えがあるんだろう。

 高校入学と同時に大人しくなった俺と、色んなことで有名な日向。
 喧嘩が強いという点は同じだが、表向き、真面目な俺と派手な日向には何の接点もない。
 俺は中学時代の生活を繰り返さない為に静かに過ごしていたから日向と関わることはないだろうと思っていたし、見目のいい奴ばかり相手にしている日向が俺に関わってくる可能性はゼロに等しいと思っていた。
 事実、一年の時は目が合うことすらなかった。
 俺と日向は本当にただの同級生で、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 しかし、二年に進級して新しいクラスに慣れた頃、俺たちの薄っぺらい関係は一変した。


 ――――初対面と言ってもいい日向に犯されたことで。


 通常時に襲われたなら、不意打ちであったとしても、殴るなり蹴るなりして逃げることが出来ただろう。
 だが、最悪なことにその日俺は体調を崩していて、六限が終わる頃には三十八度ほどの熱があった。
 しかもダルい身体を引き摺って帰ろうとしたところに、HRを終えて出て行ったばかりの担任が駆け戻って来て、委員会の集まりがあることを言い忘れていた、と。
 話し合いは十分程度の短いものだったが、頭痛と戦っていた俺には何十倍も長く感じられたから、ふらふらと教室へ戻る途中にどこかへ引き摺り込まれて押し倒された時、抵抗なんて出来るはずもなかった。

 男に抱かれたのはその時が初めてだった。
 熱の所為で記憶は曖昧だが、それほど悪くはなかったんだろう。
 気絶している俺を携帯に収めた日向は、それからも写メをネタに関係を強要してきた。

 空き教室、屋上、日向の家…。
 何度アイツに抱かれたかなんてわからない。
 途中で馬鹿らしくなって数えるのをやめてしまった。

 最初は嫌で嫌で仕方なかった。

 一年間の積み重ねを日向のことなんかで無駄にしたくないから本性を出さないと決めたのは俺自身だが、何で男に突っ込まれなきゃなんねえんだとか、お前なら他にも山ほど相手がいるじゃねえかとか、そんなに溜まってんなら一人でヤッてろ馬鹿野郎とか。
 言葉に出来ない罵りが頭の中をぐるぐる回って、ストレスでぶっ倒れるかと思ったくらいだ。
 実際には保健室や病院のお世話になるような状態には陥らなかったから今もこうしているわけだが、若し寝込むようなことになっていれば、中学時代の自分が表に出てきていただろう。

 しかしそうは言っても、日向との関係を続けていく内に、俺の中にあった怒りはどこかへ消えてしまった。

 日向は基本的に無口で不機嫌な顔がデフォルトのような男だけど、毎回丁寧に解してからヤるし、俺が気を失った時は蒸しタオルで身体を拭いてくれるんだよ。
 きっかけとなった出来事は最悪だし、強姦した事実を棚に上げて脅迫してくるなんて最低だとも思うが…。
 時々見せる小さな笑顔や優しさに気付いたら憎むのは無理だ。
 これが絆された、ってやつなのかもしれない。
 例の写メなんて日向の隙をついてとっくに消去してあるのに、今もアイツの呼び出しに応じてるんだから。

 俺の中で日向に対する感情が姿を変えても、日向が俺に持っている感情は変わらない。
 俺が抱かれているのは日向だけだが、日向が抱いてるのは俺だけじゃない。
 男も女も選り取り見取り。
 約束をすっぽかされたのは今日が初めてだけど、日向にとって俺は箸休めのような存在なんだろう。

 日向をどう思っているかは、自分でもよくわからない。
 嫌いでないことは確かだが、だからと言って安易に好きとは言い切れない気がする。
 仮に好きであったとしても、それが一人の男としてなのか、それとも公園で見つけた捨て犬に向けるようなものなのか、判断は難しい。


 そんなこんなで俺は日向との関係をずるずると続けている。





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