[通常モード] [URL送信]
日溜りと水溜り。01

イクチヨモ、カナシキヒトヲ。


 正直に言わなくても面白味のない面倒事には関わりたくないし、何らかの問題を解決出来る能力が備わっていると思ったことはない。
 と言うか、自分とは違う普通の人間を近くで見るにはどうしたらいいかと考えて教職に就いた非常識な男に、漫画に出てくるような熱血教師的要素を期待されても困る。

 しかし、それが久美子さんの頼みなら話は別だ。

 こんな俺を養子に迎え入れ、十分な勉強が出来る環境を整えてくれた久美子さんには今でも感謝している。
 それにあの時久美子さんが傍にいなければ、俺は消化しようのない感情に壊されてもっと酷い欠陥人間になっていただろう。
 だから副担任の件も苦笑い一つで引き受けたんだが……。


「一番酷いのは蓮見良(ハスミリョウ)って生徒なんですよ。遅刻早退欠席欠課の常習犯で、課題も期限までに出したためしがないんですから」

「はあ……」

「何度注意しても、試験で八割以上とってるんだから問題ないだろうって態度で全く耳を貸さなくて…。そんな蓮見がG組のリーダー的存在なので、クラス全体が授業に対して不真面目なんですよ。教師の話しなんて誰も聞きやしません」

「はあ……」

「蓮見が心を入れ替えて生活態度を改めれば他の駄目な生徒も少しはマシになると思うんですがね。蓮見は中等部の時から暴力行為で何度か停学処分を受けている程凶暴な性格で‥、まあ父親は前科持ちで母親は風俗で働いてるという噂がある生徒ですから、頭がおかしいのは仕方ないと思うんですが」

「はあ……」
「カナ先生、聞いてますか?」
「ええ、勿論」

 むしろ聞き飽きました、と思いながら俺は3Gの担任である藪下(ヤブシタ)に微笑を向ける。
 何回同じことを言えば気が済むんですかね。ボケるにはまだお若いでしょうに。
 俺の胸中を悟れるはずもなく、満足げにそうですかと頷いたメタボ中年親父は再び3Gについて話しだした。

「一、二年の頃は英語の堀川(ホリカワ)先生が担任だったんですがね、あんな生温いやり方じゃ全然駄目です。今時の子は褒められて育つ程素直じゃないんですから。カナ先生もそう思うでしょう?」

「はあ……」

「それなのに堀川先生は楽観的というかやる気がないと言うか、根は悪くないなんて暢気なことを言って…。調子に乗らせない為にも、もっと厳しく注意して罰を与えなければいけないんですよ」

 この藪下という数学教師はどうやら非常に優秀である自分の手で救いようのない3Gを正常なクラスにしたいらしいのだが、自分で自分を優秀な教師だと言ったり教え子を駄目な生徒だと言ったりするのは、子供の見本となるべき大人としてどうなのだろうか。
 荒れたクラスを直したいという気持ちは決して間違ってはいないけれど、自分の能力を過信し、相手を見下している人間に、他人を矯正する資格があるとは思えない。

 それに藪下の口調では「私に従わせてみせます」に聞こえる。
 久美子さんに問題ありと言われるのも納得だ。


「私はね、カナ先生――――」


 しかし、日本人教師に『カナ先生』と呼ばれることがこんなにも違和感を覚えることだとは思わなかったな。

 アメリカの職場は物凄くフレンドリーだったから『カナ先生』と呼ばれようが『カナちゃん先生』と呼ばれようが大して気にならなかった…というか、そう呼ばれることに疑問すら抱かなかったけれど、藪下の口から『カナ先生』という呼び名が出てくるのは火山が雪を噴き出すくらい違和感がある。
 まあ理事長と同じ苗字で息子だとわかっていたら呼び難いだろうし、理事長に直接カナ先生と呼んでくれと言われたら他に呼び名なんか考えないんだろうけど。





NEXTCHAP





第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!