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桜吹雪に埋もれて。05

イクチヨモ、カナシキヒトヲ。


「S組だけは週に一遍仏語の授業もあるさかい、よろしゅう頼むわ」
「フランス語…」
「出来るやろ?」
「そりゃあ語学教師ですから教えられますけど…最初から随分ハードですね」

 出来ないとは言わせない。と顔に書いてある久美子さんに俺は苦笑を漏らす。

 S組は最も優秀な生徒を集めた特別クラスだ。
 編入生は問答無用で問題児のG組に放り込まれる為、一番離れた場所にあるS組との関わりなど皆無だったが、A〜G組とは授業内容も試験内容も異なり、それらが大学レベルであることは知っている。
 たとえ知識に問題がなくても、俺の教え方がS組の生徒に合うかどうかは実際にやってみないとわからないだろう。

「成績がガタ落ちしたらどうするんです?」

 俺が三年八クラスの英語とS組の仏語を担当することは既に久美子さんの中で決定事項となっている。
 そして、久美子さんが自分の意見を変えることは滅多にない。
 だから今更俺が何を言っても意味はないんだろうが、生徒の成績が落ちた場合、俺以上に責任を追及されるのは久美子さんだ。
 理事長を降ろされる可能性もある。

 しかし、教師によって成績が変わることはご存知でしょう?、と続けた俺に、お茶を飲もうとしていた久美子さんは上目遣いのまま口許を歪めた。

「あんたはうちの顔に泥を塗るようなこと‥、絶対にせえへんやろう?」

 何かを企む悪女のような笑み。
 途中の間のとり方は絶妙としか言いようがなく、婉曲な命令に隠された信頼は愛に似ていて。
 俺はそれを裏切る術など知りたくもないと思う。

「男が廃りますからね。久美子さんの綺麗な顔に泥なんて塗れませんよ」
「…五十路のおばはんにおべんちゃら言うたてなんも出ぇへんよ」
「身内にお世辞を言えるほど出来た人間ではないんですが?」
「‥、食えへん子やな、ほんま」
「おおきに」

 京言葉でお礼を言うと、久美子さんは不満げな目をしながらも小さく笑った。

「カナ、その調子で3Gの副担も頼むわ」
「…はい?」

 どんな調子で別名問題児クラスの副担任をやれと?

「3Gは生徒にも担任にもちびっと問題があるんやけど、あんたならへっちゃらやろ」
「…何を根拠に俺なら平気だと仰るのでしょうか」

 生憎、夕日に向かって走るような青春ドラマを繰り広げた経験はない。
 問題児を更生させた覚えもない。
 そもそも、問題のある教師に問題のあるクラスを任せていること自体問題だろう。

「そや、貰いもんのお饅があるんよ」
「…答える気がないんですね」

 惚けた顔でソファーから立ち上がり、奥にある部屋へと向かう久美子さん。
 その背中が見えなくなったところで俺は背凭れに頭を預けた。 

「いい加減顔見せに帰って来いって言ってたが…。問題処理の為に呼びつけたな、絶対」





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