イクチヨモ、カナシキヒトヲ。 普通且つ平凡な成績の俺が編入試験に合格した時もそうだったが、定期考査で一位をとった時も一番驚いて一番喜んでくれたのは久美子さんなんだよな…と彼女の笑顔を思い出していると、本人が奥の部屋から戻って来た。 理事長室に入るなりお茶を淹れて来るから待っていろと言って消えた久美子さんの手にはお盆があり、その上には湯呑みが二つ載っている。 漂う玉露の香りに俺は目を細めた。 「ええかざやろ?」 俺の顔を見た久美子さんは自慢げに笑いながら湯呑みを置き、向かい側に腰を下ろす。 「高いおぶなんやさかい、味わって飲みよし」 「頂きます」 一度頭を下げてから湯呑みに手を伸ばし、口許に運んだそれをゆっくりと傾ける。 お茶にはあまり詳しくないんだが…確かに香りも色も味も普通の煎茶とは全然違うな。 今日の為にわざわざ取り寄せたんだろうか。久美子さんならこういう所にも気を配るように思う。 ただ単に母親として息子を持て成したかっただけなのかもしれないが。 お茶会でするように一口飲んで味と香りを味わい、一口半で残りを飲みきった俺は、手を膝に下ろして口角を上げた。 「美味しく頂戴致しました」 「…相変わらずおなご誑しやな、あんたって子は」 「心外ですね。女性に優しいと言って下さい」 「おんなじや、阿呆」 にこにこと作り笑顔で反論する俺に呆れたようにそう言うと、久美子さんはテーブルの端に乗っていた冊子に手を伸ばし、俺の前に置いた。 表紙の文字から察するに、中身は三学年分のカリキュラムらしい。 そう言えば何年を担当するか全く聞いてないが……新任だから一年だろうな。 「あんたには三年生を担当して貰いますわ」 ――って、たった今思ったばかりなんですけど。 いきなり最上級生に教えるんですかそうですか。 貴女の決定に逆らうつもりはこれっぽっちもありません。 「わかりました。何クラスですか?」 「忘れたん? 一学年は八クラスやで」 「‥、ちょっと待って下さい。俺一人で八クラス全てを担当するんですか?」 「当たり前やないか」 どこら辺が? NEXT * CHAP |