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桜吹雪に埋もれて。03

イクチヨモ、カナシキヒトヲ。


 と言うか、何故に物騒な木刀がそこら辺に転がっていて、理事長室にいるはずの貴女がここにいるんですか。

「待ち合わせは八時半でしたよね?」

 腕時計はまだ余裕のある時間を刻んでいる。
 首を傾げると久美子さんはどこか上の方を指し示した。
 なにでって、勿論木刀で。

「理事長室からあんたの姿が見えて。暇やったさかい」
「……そうですか」

 予想通りと言えば非常に予想通りである返答に俺は内心で溜息を吐いた。

 …そうですよね。貴女って人はこういう性格ですよね。
 ちゃんとわかってますよ。
 貴女の息子になって今年で五年目ですから。

「ほな、行きまひょか」
「‥久美子さん、木刀持ったまま行くんですか? それ、剣道部のですよね?」
「後で秘書に返させるさかい、問題ないわ」

 至極尤もである俺の問いをさらりと吹き飛ばし、ついてき〜なと久美子さんは歩き出す。
 木刀を操る姿は体育教師だったが、前をゆく真っ直ぐに伸びた背中はとても凛としていて、有名私立校の理事長であることを疑わせない。

 この人よりパンツスーツの似合う女性がいたら是非とも見てみたいものだ。



 清掃の行き届いた階段を上って最上階にある理事長室に入り、中央のソファーに腰を下ろす。
 部屋を使う人間が変わらなければ内装が大きく変わることもないのだろうが、あの頃と全く同じ室内に俺は少しだけ安堵に似たものを感じた。

「‥、俺とのツーショット写真は仕舞ってくれていいんだけどな…」

 大きな机の上には写真立てが二つ並んでおり、一つには仲良く寄り添う久美子さんと旦那さんの姿。
 もう一つには愛慶学園の制服を着た俺を羽交い絞めするようにして抱きしめている久美子さんの姿が写っている。

 灰色の空の下で『steel』に別れを告げた高三の夏。
 俺はそれまで通っていた不良だらけの高校から偏差値と知名度が馬鹿高いここに編入した。
 中途半端な時期に理事長と同じ苗字の生徒が入ってくれば裏口入学じゃないかと疑いたくなるのが人間というもので、実際そういう目で見られたが、必要な知識を詰め込むことにしか意識を向けていなかった俺にはやっかみの視線など空気のようなものでしかなく、投げかけられた嫌味に笑顔で返した言葉も覚えていない。
 でも俺の所為で久美子さんを貶されるわけにはいかなかったから、二学期早々の試験で学年首位の座を奪ってやった。

 天才でも秀才でもありませんが、集中すると驚異的なスピードで吸収するタイプなんです。





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あきゅろす。
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