イクチヨモ、カナシキヒトヲ。 俺はあのまま桜吹雪に埋もれてしまうべきだった。 ――何度後悔しただろう。 桜色の海から助けられるべきではなかった。 ――何度自分を呪っただろう。 そもそも足を踏み入れていい領域ではなかったのだ。 ――何度…、何度あの人の優しさに頭を下げたくなっただろう。 『 ごめんね、カナちゃん。ごめんね 』 十七年経った今でも脳裏に焼きついたあの日の光景が薄れることはない。 俺は自分の犯した罪を死ぬまで覚えていなければならない。 けれど。 「……来年はディックと花見でもするか」 幼い自分の無力さを悔やむ反面、あれで良かったのだと思っている。 過去を思い出している間に高校に着き、お礼を言ってから車を降りる。 立派な門に刻まれた『愛慶学園(アイケイガクエン)』という文字は記憶より幾分汚れていた。 舗装された道を進んで行けば大きな白亜の校舎が現れ、堂々と視界を占領する。 勉強の二文字で頭が一杯だった俺は全く知らないのだが、日本の某有名建築家によってデザインされた校舎は学業という言葉を漂わせつつも芸術的で洗練された美しさを放っている為、夏期休暇中には毎年大勢の受験生が見学に訪れ、文化祭では入場制限をする程らしい。 バスに十分も乗っていれば繁華街に出られるという立地の良さも魅力的なんだろう。 たったの半年しか過ごさなかった校舎をぼんやりと見上げていた俺は、本能が危険を察知した瞬間、その場から飛び退いた。 「――っ、久美子(クミコ)さん!」 立っていた場所に振り下ろされた木刀が鈍い音をたてる。 犯人を見て目を丸くした俺に、久美子さんは木刀で肩を叩きながらニッと笑った。 「反射神経は鈍っておらんようやな、カナ」 「……久美子さん、いつから日本では木刀で再会の挨拶をするようになったんですか」 「なに阿呆なことを言うてるんや。親不孝なあんたの丈夫を確かめただけやないか」 溜息をつくように言ってみるが、実に清々しい笑顔でそう返された。 …不孝息子ですみません。 「お久しぶりです」 「ほんまにな。拾った木刀で思わず殴りたくなる程久しぶりやわ」 「‥あれのどこが思わずですか。避けなかったら撲殺されてましたよ」 愛慶学園の理事長である久美子さんは五十路目前の女性だが、平均的な身長のキャリアウーマン、という外見に騙されてはいけない。 大柄でなくても、仕事一筋そうでも、この人は柔道の有段者なのだ。 優等生やサラリーマン相手にカツアゲをしているような不良なら背負い投げで瞬殺される。 NEXT * CHAP |