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暫しの休息。01

イクチヨモ、カナシキヒトヲ。


「んーーーっ」

 飛行機と言う空飛ぶ密室から漸く解放された俺は、タクシー乗り場で思い切り伸びをした。
 どっかの金髪碧眼美好青年から渡された高価なチケットのお陰で窮屈な思いをすることもスーツに変な皺がつくこともなかったんだが、拘束されている時間に違いはないもんでね。

「――っ、はあ。行くか」

 毎年一回は必ず帰国していたから別段懐かしく感じることはない。
 けれど、今までのように課題や仕事に追われてとんぼ返りのように戻るのではなく、再びこの地で生活していくのかと思うと、嬉しいような、安心するような…そんな感じがする。
 純粋な日本人じゃなくても、日本で生まれて日本で育った俺が一番親しんでいるのは、やっぱり日本なんだろう。

 重たい本や嵩張る衣服類を事前に送った為、アタッシュケース一つに納まってしまった少ない荷物を手にタクシーの後部座席に入り込む。

「この住所までお願いします」

 祖父からの手紙に入っていたメモ用紙を見せながらそう言うと、何処に行きましょうかという風な顔でバックミラー越しに俺の顔を見ていた運転手がきょとんと目を丸くした。

「‥あ、すみません。ここに書いてある住所までお願いします」

 すぐにその理由に気づいて日本語で言い直すと、ちょっと強面の運転手は思いの外社交的な笑みを浮かべてメモ用紙を受け取った。
 国際空港の玄関口に来るくらいだから、顔立ちが示す国以外の言葉を話すお客には慣れているんだろう。
 それでも驚いたのは、ちょっとした出張帰りの出で立ちをしている俺が明らかな日本人相手に日本語以外を話すとは思っていなかったからかもしれない。
 俺だってスーツ姿でアタッシュケースを持っている日本人風の男がクライアントでもない自分に英語で話しかけてきたらびっくりするだろうし。



「…………嫌がらせか?」

 親馬鹿ならぬ爺馬鹿の祖父から孫である俺に買い与えられたマンションまでは、二時間半程かかった。
 途中に寄ったスーパーでの食料代も含めて、長財布からは数枚の紙幣が消えた。
 が、そんなことは別にどうでもいい。
 タクシーの中ではMDで音楽を聴いていたから別に退屈しなかったし、それだけ乗っていれば諭吉がいなくなるのは当然のことだ。
 どうでもよくないのは、現在俺の眼前に広がるマンションの内装である。

 独身男性に4LDKの無駄に広い部屋を宛がうってのはいかがなもんでござんしょう。

「―――シンプルな外装に騙された」

 極々普通の外観に安心して入って来たってのに…。
 部屋中の家具からオーダーメードの匂いがぷんぷんするとは夢にも思っちゃいませんでしたぜ。

 来週から勤める高校は余程の理由が無い限り、独身者は職員寮に入寮することになっている。
 元々日本に持っている家も借りている部屋もなかった俺はたとえ強制でなくても寮に住むつもりだったから、何かあった時の為にも市街地に一つくらい部屋があった方がいいだろうと言い張る祖父には極々一般的で安価な物件にしてくれと念を押しておいたのだが、これを見る限り、わかったわかったと承諾していた祖父が受話器の向こう側で反故にする気満々の笑みを浮かべていたことは疑う余地もない。
 家具については何も言っていなかったから厳密に言えば祖父に非はないのだろうが、借りてもらっても長期休暇の時くらいしか帰らないと思うと言っている人間の為にわざわざ家具を特注するのは、親切を通り越して嫌がらせではないだろうか。
 こんな部屋を見せられたら長期休暇どころか土日の度に帰って来なきゃならないような気になるぞ。

 まあ、交通費を無駄に遣うような真似をする程祖父思いの孫ではありませんが。

「……とりあえず、風呂だな」

 お湯を入れる前に意趣返しの一環として祖父の番号を着信拒否に設定しておいたのは言うまでもない。





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