イクチヨモ、カナシキヒトヲ。 ※12禁表現※ 「…ぅ、…んっ……」 人の声や生活音が遠退き、壁に沿うようにして植えられている木々の葉のざわめきだけが聞こえる静かな場所。 そこで深いキスを交わす二人の影―――。 これが恋人同士なら、たとえここが学校の敷地内でまだ日が高い時間帯だったとしても、中々にロマンチックだろう。 むしろ僅かな背徳感がスパイスとなって、普段より興奮するのかもしれない。 だ、が。 俺とディックは恋人同士じゃないし、俺が望んでキスをしているわけでもない。 壁に押し付けられた文句を言おうとして口を開いた瞬間に噛み付かれたから舌の侵入を許してしまったが、それは非常に不本意なことだ。 「‥んんっ…、」 しかも膂力に欠けた俺は手首を押さえつけられてしまうと、正直な話、碌な反撃が出来ない。 ディックの方が上背もあるから、覆い被さるようにして力を込められれば、押し返すのは無理な話だ。 けれど、『jumbleのカナ』は馬鹿じゃない。 元々力より技術で争うタイプだとわかっていて、非力さをカバーする術を身につけないほど、馬鹿じゃないんだよ。 ……と、言うわけで。 「――…ッ、!?」 「…、はっ………」 熱烈なキスをかましているディックの舌を上手く口内に誘い込み、ガブリと噛んでやりました。 若しこれが暴漢だったなら、この後には胸倉を掴んで壁に頭を叩きつけ、再起不能にするべく股間を蹴り上げてやるんだが…。 大切な友人であるディックにそんなことは出来ないし、俺の意思を無視したくなった気持ちもわからないでもない。 ディックが俺のことをそういう意味で好きだと知っていながら、何の前触れもなく突然告げた俺はやっぱり酷い奴なんだろう。 「これで気が済むのか」 「………」 「俺に無理矢理キスをして、無理矢理抱けば。お前の感情は綺麗に凪ぐのか」 「………」 「違うだろう?」 口許を押さえる手の隙間から、真っ赤な血が僅かに覗く。 俺はズボンの後ろポケットからハンカチを取り出すと、ディックの手についた血を拭ってから、汚れていない面を口許にあてた。 「お前は俺の性格をよく理解している。欲望のままに俺を抱けば、俺の中からお前に対する友愛や関心が泡のように消えてなくなると。そして、興味の失せた人間は俺の記憶に残らないと」 「……ッ」 指先からディックの震えが伝わり、こんな状況になってもまだ俺のような欠陥品を好きなんだろうかと、不思議に思う。 気紛れな猫のように目の前から平然と立ち去ろうとしている薄情な俺は、好意を向ける対象には相応しくないはずだ。 一教師に過ぎない俺の中から存在が消えても、ここら辺でお前を知らない奴なんかいないというのに。 「――お前、本ッ当に性質(タチ)の悪い男にひっかかったなあ」 「ッ、…カナ…っ」 出血が止まったことを確認してからハンカチを外し、ディックの頭を抱き寄せる。 赤ん坊をあやすように軽く背を叩くと、ディックは恐る恐る俺の背に回した腕に力を込めた。 NEXT * CHAP |