イクチヨモ、カナシキヒトヲ。 ※12禁表現※ 「――――それより、さっきから何を探してるんだ?」 「‥ん? ああ、予定表」 僅かに頬を赤くしているディックを俺みたいな卑怯な人間には本当に勿体無いヤツだなと思いながら見ていると、何故だか眉間に皺を寄せているディックが俺の手元を見ながら訊いてきた。 視線はB5の紙の束に注がれている。 …そうだったそうだった。 俺は元々予定表を確認するつもりでここに来て、それが見つからないから鞄をひっくり返して探してたんだった。 漸く探し出した薄っぺらいそれを顔の横に掲げると、ディックは僅かに首を傾げた。 その下では白皙の手が再びエスプレッソに伸びているが、あえて何も言わない。 「予定表? 高校のか?」 「そ。日本の」 「………………は?」 「ベリーでグッドなナイスリアクションをありがとう」 漫画のような反応を見せてくれた美青年の間抜け面を眺めながら、滅茶苦茶な台詞を棒読みで言ってみる。 このニュアンスは無駄に横文字を遣いたがる日本人じゃないとわからないものだったかもしれないが、多分、瞬きすらしないディックの耳には入っていないんだろうな。 優秀な頭脳でも突然の告白を処理できないのか、未だに固まっているディックの手からカップを抜き取ると、俺はすっかり冷たくなってしまったそれを一気に呷った。 生徒や教師だけでなく、著名な学者や教授たちも利用する場所だけあって、冷めても味に問題は無い。 ここのエスプレッソを味わえるのもあと十日余りかと思うと、微妙に名残惜しいというか、アメリカを離れることを実感するというか。 私立とは言え、日本の高校に良質なコーヒーカフェを期待することは出来ないよなあ…。 そもそも高校の敷地内にカフェなんてあったか? あそこには半年くらいしかいなかったし、構内どころか校内探検すらしなかったから定かではないが、余程の希望が無い限り造るということはない気がする。 そんなことを考えながら紙やらノートやらファイルやらを鞄に仕舞っていると、いつの間にかフリーズの解けたらしいディックが勢いよく立ち上がった。 「? ディ、‥ちょっ…」 その衝撃でガタン、と後ろに倒れる椅子。 優雅な動作を心がけているディックが乱暴な音をたてたことに驚く暇もなく、手首を引っ掴まれて半ば無理矢理立ち上がらせられる。 そして、そのまま近くの建物の陰になっている方へ強制連行――。 目立ちたくないからという理由で足を踏ん張ったり手を振り回したりという抵抗をしないのは俺の意志だが、身長で見事に負けている俺がディックにずるずると引き摺られている姿は、傍から見れば随分と無様だろう。 教師は俺でディックは生徒なのに、立場が逆転しているように思う。 って言っても、俺が院生様のディックに教えられることなんて、日本語と文法ぐらいなもんだけど。 「っ、ん……」 なあ、ディックさんよ。 誰が問答無用でディープキスかます方法を教えてくれって言ったんだ? NEXT * CHAP |