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キス魔笑顔だ。08



 目を開けると、鼻先が触れそうなくらいの距離に柳の顔があって。

「‥、え…?」

 一瞬、性質(タチ)の悪い夢かと思ったけど、身体の一部が感じる仄かな温もりは確かに人間のそれで。

「香先輩??」

「――っ、うわあぁぁぁぁああ!!??」 

 いつの間にか柳のユニフォームを掴んでいた僕は、その信じたくない現実を理解すると同時に勢い良く後退った。





キス魔笑顔だ。




「な゛っ、なっ、なっ…!!?」

 何で僕は柳なんかのユニフォームを掴んでたんだ。

 何で僕は柳なんかに抱きしめられながら眠ってたんだ。

 意味がわからないわけがわからないわかりたくもない有り得ないッ。

 というか、僕の許可もなく僕を抱きしめるな! 柳佳寿也!

 昼食を一緒に食べることは渋々(本当に渋々)了承したけど、傍によることまで許した覚えはないっ!

 馴れ馴れしいことこの上ないぞ、このモテ男めっ!!

 ……ああ、そうか。

 男に好かれまくっているモテ男だから、相手の許可もなく抱きついたり、平気で抱きしめたりするのか。

 自分が拒絶されるはずはない、喜ばれるに決まってる――。

 そんな風に思ってたら、そりゃ図々しくも馴れ馴れしくもなるよな。

 僕にしてみれば「自意識過剰も甚だしい」だけど、この学園では僕が持ってる常識は非常識みたいだから、その言動を改める気すら起こらないんだろう。

「香先輩、お昼食べましょう?」

「…………」

 僕が一瞬で距離をとったり言葉にならない声を発したのはただ単に照れているからだとでも勘違いしたのか、モテ男は僕を見つめながら爽やかに微笑んだ。

 当然のように、勝手に抱きしめていたことへの謝罪はない。

 むしろ有難いと思え、って?

 ――ふざけるのも大概にしろ。

 文句を言ってやろうと思ったけど、これ以上余計な時間を使いたくなかったから、僕は何も言わずに柳に少しだけ近付いてお昼を受け取った。

「香先輩って、お握りが好きなんですね」

「……別に」

 早くサッカー部の午後練が始まればいいのに。





*


*


*





 月曜日から、僕は徹底的に柳を排除した。

 声をかけられても無視するとか、顔を合わせても邪険にするとか、そんな中途半端な拒絶じゃない。

 柳の生活スタイルを把握した上で接触する可能性が最も低い道と場所を選び、朝も昼も放課後も夜も―――文字通り一日中、柳の気配すら感じずにすむ行動をとる。

 これが、最大の「拒絶」。

 今までは、毛色の違う僕の反応が面白いから中々悪ふざけをやめないんだろうとわかっていても、無視や邪険な態度を続けていれば、その内飽きて会いに来ることもなくなるだろうと思ってた。

 お互いに本気になることは有り得ないんだから、僕が柳の親衛隊からリンチを受けるような、笑えない事態になることもないだろう、って。

 多分、ちょっと余裕があったんだと思う。

 僕は周囲の言動に怒りを感じつつも、自然に元通りになることを待っているだけだった。

 でも、涼一が予想外に僕のことを心配していて、迷惑をかけてしまっていることに気付いたから、僕は今の僕に出来ることを考えた。

 その結果が、一切の関係を絶つこと。


 ――「拒絶」が何の意味も持たないのなら、「拒絶する状態」にならなければいい。

 ――無視や邪険にするという目に見える「拒絶」ではなく、「会わない」という目に見えない「拒絶」をすればいい。


 僕を視界に映さない日が続けば、柳も徐々に「篠原香」という存在を頭から消していくだろう。




「はあ…」

 同じ敷地内で生活している以上、全てが計画通りにいくとは思っていなかったけど、ゼンちゃんと涼一の協力のお蔭で、五日目を迎えた今日も僕は柳と会っていない。

 柳との接触がなければ涼一に迷惑や心配をかけないですむし、僕も気が楽だから溜め息をつく理由なんてない。

 ない――はずだったんだけど。

「下向いてればよかった……」

 四時限目終了のチャイムが鳴る直前、黒板を見ていた僕は先生とバッチリ目が合い、何だ?と思って首を傾げた刹那、「篠原。悪いが、俺の机まで運んでくれ」と。

 荷物運びを頼まれてしまったのだ。

 ……別に、荷物運びをするのはいいんだ。

 もう昼休みだから次の授業に遅れる心配はないし、どこにどの教室があって階段がどう繋がってるのかも把握してるから、普段使わない場所でも迷わないし。

 それなら何が良くないのかって、社会科教科室の場所だ。

「……うんと、シノヤマ?」

「馬鹿、違ぇーよ。シノクラだろ」

 社会科教科室があるのは、一学年の教室の方。

 つまり僕は、自分から避けていた魔のゾーンに足を踏み入れるはめになったのだ。

 …本当、間が悪いにも程がある。

「ええ? そうだっけ? シノザキ‥じゃなかったかな?」

「いや、シノダ…――って、苗字なんかどーでもいいだろが」

 と言っても、殆どの生徒が食堂や購買に向かった頃を見計らって教科室を出たから、廊下に人影はない。

 数人の生徒が残っている教室もあったけど、そういう生徒は大抵読書や課題をしている真面目なタイプの人間だから、誰かが廊下を歩く僕に気付くことはなかった。

「よくないよ。………あっ、そうだ。シノミヤだよ、シノミヤ。シノミヤコウだ」

「シノミヤぁ? 馬鹿か。そりゃ先公と付き合ってる奴だ」

「えー? シノミヤコウであってると思うんだけどなあ……」

 柳がいないことと騒がれないことに安堵して、涼一の所に戻ることだけを考えていた僕は、注意力に欠けていたのかもしれない。

 段々近付いてくる声の主たちが僕のことを喋っていたなんて、声をかけられるまで気付かなかった。


「ねえ、シノミヤコウくん??」





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