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キス魔笑顔だ。09



 学園中の生徒が見惚れるであろう、稀に見る美形。

「―――……」

 僕の後ろにいたのは、アイドルのような二人組みだった。





キス魔笑顔だ。




 容姿が整っていることを理解した瞬間、眉間に皺が寄るのがわかる。

 あ り が た く な い 。

 全く以ってありがたくない。

「ほらね! やっぱりシノミヤだよ、志寿也(シズヤ)」

 “白皙の爽やかな洋風美人”

 “長躯の色気漂う漢前(オトコマエ)”

 ゲイかバイの人間なら気を失う程に喜び叫ぶかもしれないが、僕は別の意味で叫びたい。

 関わらないでくれ、と。

「‥馬鹿か」

 同性に恋愛感情を抱かない少数派の僕らが最も避けたいことは、目立つ存在との接触。

 つまり、野郎共のアツイ視線を浴びてやまない美形と関わってしまうことだ。

 『関わること』ではないのが、恐ろしいところだと思う。

「えー、何で? ちゃんとこっち向いたじゃない」

「少しは頭使え。大抵の人間は、真後ろから声かけられりゃ振り向くんだよ」

 見目の良い者に群がる連中にとって、方向性なんて関係ない。

 美形が見ている場所にいたら、美形に声をかけられたら、美形に褒められたら―――奴等は一瞬で口を武器に変えて攻撃し始める。

 どっちからどっちに…なんて、全く関係ないんだ。

 相手が勝手にしたことなのに、責められるのは平凡な僕ら。

 しかも同性にチヤホヤされていい気になってる奴等の中には、そうなるとわかっていてわざと普通の生徒に絡む奴もいるから始末に負えない。

「………名前なんかどうでもいいって言ってたくせに」

 でも、今は男子校の実情なんてどうでもいい。

 心の底から周りに誰もいなくて良かったと思ったけど、安心してる場合じゃない。

 考えなければならないのは、このアイドル二人組みが僕に声をかけた理由だ。

 親友である涼一を除けば親しくしている生徒なんていない僕にとって、三学年との交流は皆無。

 美術部がもっと意欲的に活動していれば、部長や副部長を通じて何らかの繋がりが出来たのかもしれないけど、率先して幽霊部員になってるんだから、僕は二人のクラスメイトの名前どころか、二人のクラスすら知らない。

 つまり、僕は三学年のバッジをつけているこの先輩たちとの関わりなど、一切持ってはいないのだ。

 ……でも、非常に嬉しくないことに、知らない人から声をかけられる理由が、僕にはある。

「あ゛? ユキ、何か言ったか?」

「ううん、何も」

 ――――柳佳寿也だ。

「あっ、見て見て、志寿也」

「ぁあ?」

「シノミヤくん、すっごい皺寄ってる!」

 元々、僕は容姿も成績も抜群にいい涼一の幼馴染として入学当初から知られていた。

 声をかけられたこともある。

 だけどそれは『四之宮くんの平凡な幼馴染』という曖昧なもので『篠原香』という存在ではなかったし、涼一がいない時に嫌味を言ってくるのも自ら擦り寄っていくタイプの、可愛い系の男子だった。

 だから明らかに媚を売られる側のこの二人が、涼一のことで僕に声をかけるはずはない。

 第一、僕の目の前で言葉を投げ合っている二人は涼一の苗字も僕の苗字もしっかりとは記憶していないみたいだから、涼一は無関係だろう。

 ――――と、いうか。

「だから、シノミヤは先公と付き合ってる奴だって言ってんだろ」

「‥んもー、しつこいなあ。シノミヤじゃないなら、何コウくんだって言うのさ?」

 途轍もなく今更だが、本人の前で苗字を間違えるなんて失礼極まりないんじゃないだろうか。

 言い間違えることは誰にでもあるけど、この人達は僕の苗字なんかどうでもいいから覚えていなくて、とりあえず頭に『シノ』がつけばいいと思っているに違いない。

 確かな意志をもって話しかけるのなら相手の氏名をしっかり頭に刻むのは当然のことだし、覚える気がないのなら話しかけるなんて図々しいにも程がある。

 何様だ。

「……………シノノメ」

「それはハルの苗字でしょ。わからないならわからないって正直に言いなよ」

「…煩ぇな。こんな奴の苗字なんてどーでもいいんだよ」

「――――篠原」

 考えるよりも早く、低い声が出ていた。

「あん?」

「篠山でも篠倉でも篠崎でも篠田でも、ましてや篠宮でもありません。篠原です」

 相手が年上であることは明らかだったから、声をかけておきながら一向に自分たちのくだらない会話をやめない二人にも、後輩としてそれなりの対応をしなきゃいけないと思った。

 声をかけられた理由が十中八九、もうこれ以上関わりを持ちたくない柳佳寿也に関することだとわかっていても、先輩だから邪険にしてはいけないな、と。

 だから、大人しく立ち止まって待っていた。

 でも、二回も自分の苗字をどうでもいいと言われれば、当然腹が立つ。

 先輩とか後輩とか、年上とか年下とか。

 そんなことは関係ない。

 一人の人間としてムカツク。

「へえ…凄いね。僕らが言った苗字、全部覚えてたんだ」

「記憶力がいいだけだろ」

 言外に『学年二位なんだからそれくらい覚えられて当然だ』みたいなことを言われて、更に腹が立つ。

 本当に何様だ、この焦茶頭。

「記憶力がいいだけの僕に何の用ですか。大した用でないのなら失礼させて頂きますが」

 嫌味たっぷりの僕の発言に焦茶頭は思い切り顔を歪めて、茶髪の洋風美人は目をぱちくりさせた。

「…次席の割りに、目上の人間に対しての礼儀ってモンを知らねぇみてぇだな」

「礼儀‥? 声をかける相手の氏名すら把握していない人に対し、どう礼儀を尽くせと?」

 馬鹿も休み休み言え。

「テメエ……」

「失礼させて頂きます」

「あっ、ちょっと待って!」

「…何ですか」

「僕らはまだ何も言ってないのに、どうして大した用じゃないってわかるの?」

 困ったように白い首を傾げる洋風美人。

 根拠もないくせに先輩からの話を一方的に終わらせるなんて失礼じゃないか――とでも思っているのだろうか。

 穏かな笑みを浮かべている様は一見、物腰が柔らかな好青年だけど、その笑みの奥で何を考えているのかはわからないから。

「二回も言われればわかります。貴方たちは僕に用があるわけじゃない。ただ、朧げな『篠原香』という人物に毒を吐きたいだけでしょう」

「「!」」

「だったら、僕が昼休を潰してまで貴方たちの言葉に耳を貸す必要はない」





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