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キス魔笑顔だ。07



「〜〜っ、わかった! わかったから放せ!!」

 自力での脱出が不可能だとわかっていた僕は、ヤケクソ気味に白旗を上げた。





キス魔笑顔だ。




「一緒に食べてくれるんですか!?」

「だからそう言ってるだろ!!」

 いや、言ってないけど。

 この場合、そういう意味にしかとれないだろうが。

 わざわざ聞き返すな!

「やった!!! 嘘じゃないですよね!?」

「誰がこんなことで嘘なんかつくか!!」

 喜びの色を顔に浮かべつつもしつこく確認してくる柳は、一向に僕の腕を放そうとしない。

 むしろ、逃がさないと言わんばかりに掴む力が強くなった気がする。

 …僕の腕を筋肉トレーニングの道具か何かと勘違いしてるんじゃないだろうな。

 男として情けないが、僕の腕には力瘤もロクに出来ないくらいの筋肉しかついてないんだぞ。

 押し返す力がないんだから、そんなに力一杯握ったって何かがプラスになるわけないだろうが。

 もしプラスになる要素があったとしてもお前には絶対協力しないし、さっさと放せっての。

「そうですよね! 香先輩は嘘なんてつきませんもんね!!」

「………」

 僕の腕を掴んだまま、至極嬉しそうに言う柳。

 ……目に見えない圧力を持った言葉も、満面の笑みで言えば褒め言葉になる、ってか?

 悪いけど、僕はこの学園の連中とは違うんだ。

 お前の笑顔に「キュンv」とすることがなければ、言葉をありのままの姿で受け取ってしまうこともない。

 ――お前の笑顔になんか、騙されてやらない。

「……いいから早くお昼買って来いよ」

 僕にとっては柳の笑顔より、お昼の方が大事なんだ。

 柳に笑いかけられることとお昼のどちらかを選べと言われたら、僕は迷わず後者を選ぶ。

 天秤にかけるまでもない。

「はいっ! 何がいいですか?」

「お握り。あればお赤飯と五目御飯。なければ適当に二個」

「飲み物はどうしますか?」

「缶の冷たい緑茶」

「わかりました。じゃあ、急いで買ってくるので、逃げないで下さいね!!」

「だっ…、」

 誰が逃げるかッ!! と。

 思わず叫び返しそうになったけど、ここで叫んだら柳のペースに巻き込まれてしまう気がして、僕はその衝動を無理矢理咀嚼した。

「――馬鹿なこと言ってないで、さっさと行って来い」

「はいっ!! 行って来ます!!」


「……………」


 靴下で廊下を駆けていく柳の軽い足音を数秒聞いてから、僕は開いているドアを閉める為に身体を動かした。

 ドアをスライドさせると同時に鍵もかけてしまえばいいと思ったけど、騒いだりまた窓から入られたりすることを考えると施錠する気にはなれず、溜め息を一つ吐いてから日の当たる場所に移動する。

「‥疲れる……」

 床に座り込み、壁に背と頭を預ける。

 じんわりと温かい日を浴びながら目を閉じると無意識にそんな呟きが零れて、眉間に皺が寄った。

 ……柳といると凄く疲れる。

 あの、どこから沸いてくるんだと訊きたくなるようなパワフルな言動も理由の一つだと思うけど、何より――この僕に好きだと告白してきたから。

 嘘でも冗談でも、本気でも。

 僕は誰とも付き合う気なんてない。

 だから、そのことについて考えさせられるだけでも疲れる。

 ―――柳が告白してきた所為で、僕は柳がいない所でも頭の一部をそれに占拠されることになってしまった。

 それに。

「涼一……」

 きっと迷惑をかけてる。

 心配だけじゃなくて、僕が柳に関して感じている迷惑と、同等のそれを。

 涼一はあの時のことは吹っ切れたと言っていたし、事実、ゼンちゃんと付き合い始めてからはすっかり乗り越えているように見えた。

 でも、涼一はあの時のことでまだ僕に申し訳ないと思っている。

 嫌な言い方をすれば、多分あれは涼一にとって「負い目」なんだろう。

 だから柳のことで僕が負の感情を抱けば、涼一も負の感情を抱く。

 もっともっと僕に申し訳ないと思う。

 ――それは、「迷惑」だ。

 涼一にとっては「迷惑」でなくても、僕にとっては「涼一の迷惑」。

 僕が今まで誰とも付き合わなかったのも、この学園で男と付き合う気になれないのも、全ては僕の意思で、あの事は関係ない。

 涼一の所為じゃない。

 だから涼一に自分を責めてほしくないし、僕のことで涼一が苦しむのは嫌だ。

 でも涼一は自分の所為だと責任を感じている節があるから、僕が関わりたくない柳と関わると、僕に申し訳なく思って、自分を責めて……。


 『香‥、香…っ! ご、め……ッ、ごめんね…っ!! 僕が…っ、――――』


「なんで…」

 あの時に傷ついたのは僕じゃなくて涼一なのに、どうしてまた涼一が傷つかなくちゃならないんだろう。

 どうして、涼一に古傷を思い出させるような事になってるんだろう。

「―――頼むから、自分を責めないでくれ……」

 僕は眼鏡を胸ポケットに仕舞うと、陽だまりの中で意識を手離した。


 浮かんできた悪い予想が現実にならないことを祈りながら。





NEXTCHAP





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