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キス魔笑顔だ。06



「さてと」

 無事に涼一を見送れたことだし、購買に行くとするか。

 昨日はハムサンドとタマゴサンドだったから、今日はお握りにしようかな。

 お赤飯と五目御飯、残ってるといいけど…。





キス魔笑顔だ。




「………香先輩」


「うわおぅッ!!??」


 今から購買に行くんだから再び施錠する必要はなく、開けっ放しにしてあるドアの前でブツブツ呟いていた僕は、突然背後から声をかけられて文字通り跳び上がった。

 ものの譬えじゃない。今度こそ心臓が口から零れ落ちるかと思った。本気で。

 胸を押さえなくても、鼓動が大きくなってるのがわかる。

 い、い、い、いつから僕の後ろにいたんだ…。

 柳の存在を忘れてた僕にも落度はあるけど、そんな暗い声でいきなり後ろから呼ばれたら誰だってビックリするだろうが!

 というか、いつの間にスパイクを脱いで窓から中に入ってきたんだ、お前。

 美術室は勿論学園のものだけど、「御邪魔します」とか、一言くらい断れよな。

 物音も挨拶もないなんて、空き巣志望かこの野郎。

「……………」

「……」

 コースを全力で走り抜けた時のようにドクンドクンと煩い心音に鼓膜を支配されながらも傍に立つ柳を見上げるが、僕の名前を呼んだくせに何も喋ろうとしない。

「…何だよ?」

 絵が描きたいから道具を貸して下さい、って言われても、貸せる道具なんてないぞ?

 いや、幽霊部員が大量にいるからいつでも貸し出し出来るけど、ロクに使ってないっていっても、勝手に貸すわけにはいかないし。

「―――……」

「……」

「…、……、」

「……」

 物体の濃淡をより的確に捉える為に、スケッチをする際には美術室内の電気をつけないことにしている。

 だから僕より十センチ以上高い位置に顔があっても、俯く柳の表情はよくわからない。

 どんな表情を浮かべているのかがわからないのなら、何を言いたいのかもわからない。

「‥言いたいことがあるならさっさと言えよ」

 さっきから口を真一文字に結び、出したい言葉を留めている様子の柳にちょっと苛つきながら促すと、漸くその唇が動いた。

「――香先輩は、四之宮さんのことが好きなんですか」

「……はァ??」

 突拍子もない質問に、些か呆然としてしまう。

 涼一のことが好きなのか、って。何だソレ。

 問いかけるならまず疑問符をつけろ、っていうか、そんなことをわざわざ訊いてくる意味がわからない。

「当たり前のこと訊くなよ」

 僕は嫌いなヤツと友達になる趣味なんてないし、嫌いだったら同じ高校を受験しようなんて思わない。

 そもそも、涼一にこの学園を勧めたのは僕だ。

「‥っ、……どうしてですか」

「は?」

「どうして四之宮さんのことが好きなんですか」

 …………………。

 何だ、コイツ。

 僕に喧嘩を売ってるのか?

 どうして、って。こっちこそ「どうして」だ。

 どうしてそんな質問をしてくるのか理解出来ない。

 でも、それより。

「誰かを好きになるのに理由がいるのか?」

「!」

「理由がなきゃ好きになっちゃいけないのか?」

 そりゃあ、食べ物でも教科でも、「甘いから」とか「面白いから」とか、色々好きになる理由はあるだろう。

 僕だって美術部を選んだのは「絵を描くのが好きだから」で、絵を描くのが好きな理由は「形にならないものを表現出来る気がするから」だ。

 でもそれは「説明しろ」と言われて初めて頭の中に生まれてくる、『一番近いであろう言葉』でしかない。

 だから、誰かを好きになる理由を不自由な『言葉』で言い表すのは少し変な気がする。

 涼一のどこが一番好きかと訊かれたら、きっと僕は「優しいところ」と答えるだろうけど。 

「―――それは、……」

「どうして涼一のことが好きなのか、って。そんなの、『涼一だから好き』としか言えないだろ」

「…ッ!」

 ”優しいから”

 それだけで涼一のことを好きだと思うんじゃない。

 それだけが誰かを好きになる基準になることは有り得ない。

 強くて優しい。厳しくても優しい。

 僕はそういう涼一を好きになったけど、他の誰かが涼一と似た性格をしていたとしても、絶対に好きになると言い切ることは出来ない。

 だって、その誰かは「涼一」じゃない。

 僕は『涼一だから』好きになったんだ。

 優しいのも、強いのも、厳しいのも。

 それは涼一の一部分であって「涼一」本人じゃないんだから、『涼一だから好き』としか言えない。

 ――というか。何で、僕が、柳なんかに、涼一を好きな理由を説明しなきゃならないんだ。

 平気で嘘の告白をするようなヤツに、僕と涼一のことを話したくなんかない。

 第一、僕が涼一のことをどう思っていようと、お前には関係ないだろうが。

「………お前、さっさと戻れよ。時間、無くなるぞ」

「っ、嫌です!」

「…放せよ。購買に行けないだろ」

 背を向けようとした瞬間に腕を掴まれ、柳と向かい合う体勢で固定させられる。

 こうしている間にお握りが売り切れたらどう責任とってくれるんだ。

 寮内の食堂にまで買いに行かせるぞ。

「香先輩が俺と一緒にお昼を食べるって言ってくれるまで、絶対に放しません!!」

「‥、は?!」

 何でそういうことになるんだよ。

 僕と一緒にお昼を食べたって面白くもなんともないし、得することなんか何もないんだぞ?

 今まで通り、部活仲間とか友達とかと食べればいいじゃないか。

 その方が絶対に楽しい時間を過ごせるはずだ。

 僕が劇的に食べ物が美味しくなるフェロモンを出しているなら別だけど、そんなもの持ってないっていうか、持ってたら人間じゃない。

「僕は普通の人間だ!! さっさと放せ!!」

 お握りがなくなる!

 人間の僕が食べるお握りがなくなる!

「知ってます! けど放しません!!」

「知ってるなら放せ!!」

 お握りどころか、購買の食べ物がなくなる!!

「香先輩がいいって言ってくれるまで放しませんっ!!」

 こ の 野 郎 ! !





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