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Vivid World 03


 もっと綺麗な色。もっと明るい色。もっと楽しい色。

 まぜあわせてみなきゃわからないけど。



03:



「で? で?」

 お風呂上りの市村は興味津々の顔で先を促す。
 中間テスト期末テスト、及び夏休み終了直前に泣きつかれた身としてはその積極性を少しでも学習面に出してもらいたいのだが、注意したって市村は改めないだろう。
 中等部時代も同室者に迷惑をかけながら過ごしてきた姿が簡単に想像出来てしまう。

「サアヤは何て言ったわけ??」
「別に何も」
「えー、何でだよ。サアヤに好きになってもらうことがたった一つの願いだって言われたんだろ? そしたら普通、うれしーとか言って、こう、抱きしめ合うんじゃねーの?」

 馬鹿か。頬を膨らませて不満げな顔を見せる市村に冷ややかな視線を送る。
 あの桜崎に願いごとがあるだけでも信じられないのに、おれに好きになってもらうことがたった一つの願いだなんて。そんな嘘臭いこと信じられるわけがないだろう。おれは恋に恋する乙女でも、夢見る乙女でもない。
 大体、何で好きでもない人間と抱きしめ合わなきゃならんのだ。

「サアヤさー、もう素直になってもいーんじゃね?」
「、は?」
「桜崎ふくかいちょーのこと、嫌いじゃないんだろ?」

 レモンティーの入ったマグカップを両手で持ちながらおれは眉間に皺を寄せた。

 確かに桜崎のことは嫌いじゃない。勿論好きでもないが、苦手なだけだ。あの甘ったるい笑顔と、甘ったるい声と、甘ったるい仕種と。
 逃げたくなるのにおれの中にある何かが引き止めるから、その理由がぼやけたままはっきりしないから。
 だから桜崎は苦手だ。
 関わらなくていいのなら関わりたくないと思う。

「嫌いじゃないなら何だって言うんだよ」
「だからあ、潔く駆け出しちゃえばいいじゃん!、ってこと」

 ……意味がわからない。

「女としか付き合ったことがないっていうなら別だけど、サアヤは自分の内側に入れた人間なら男でも女でも恋愛対象になるって言ってたじゃん」
「…あの人を恋愛対象として見ろって言いたいのか?」
「とーぜん!」
「…付き合うことを真剣に考えろって言いたいのか?」
「もち!」

 無責任なこと言うんじゃねえよ。
 向かい側のソファーで勝手に興奮している市村への文句はレモンティーと一緒に胃の中へ流し込む。

 潔く駆け出したって…、駆け出した先には多分何もない。
 駆け出してまで欲しいと願うようなものはきっとない。
 何があったら喜んで、何があったら嬉しく思うのか。
 そんなことはおれにもわからないけど。

 そもそも桜崎は外側の人間だ。内側に入れた覚えはない。…入れる気もない。確証も確信もないけれど、桜崎を内側に入れればおれの何かが内側から壊れる気がする。
 たとえ壊れなくても、徐々に崩れていくように思えてならない。

 市村はおれが桜崎に対して感じるものを感じないんだろうか。
 あれは向けられた本人でないと感じられないものなんだろうか。
 ふいに桜崎の言葉が脳裏を過ぎる。

 『自分で作り出せるお前には絶対わからない』。

 ……あれはどんな意味をもって吐かれた言葉で、どんな意味をもって篠原先輩の鼓膜を通過したんだろう。
 同じ学年で同じ生徒会に所属する二人の間を飛んだその言葉は、おれたち一年には意味の通じないものだった。でも、おれは何故だか二人の空間に取り入れられていたような気がする。理解出来ないことを承知の上で同じ空間に含まれていたような気がする。
 境界線はおれたち三人と二人の美術部員との間に引かれていた。

 だから、多分。これはおれの勝手な推測だけど。
 おれはあの言葉を理解しなきゃいけないんだと思う。
 あの言葉の意味を知らなきゃいけないんだと思う。

「サアヤ」

 ………いや、待て。待て待て待て。なんでそうなるんだ。
 おれが桜崎のことを気にする必要なんてこれっぽっちもないだろう。

「サアヤ」

 そうだ、桜崎のことなんてどうでもいい。
 勝手に目の前に現れて、勝手に頭の痛い台詞を吐いて、勝手に甘ったるいキスをする勝手な男のことなんて。紙に包んでゴミ箱に捨ててしまえばいい。
 あの言葉にどんな意味があろうと、おれには何の関係もない。

「サアヤってばー」
「っ、なに?」
「今、桜崎ふくかいちょーのこと考えてたっしょ」

 市村のくせに鋭いな。その洞察力を学習面に使ってくれ。
 素直に白状する気になれるはずもなく、そんなわけないだろ、と返すと、ふふーん、みたいな笑みを向けられた。

「…何だよ」
「えー、サアヤって口が素直じゃない分、身体が素直なんだよなーと思って」

 ……なんですと?

「サアヤは桜崎ふくかいちょーのことなんか内側に入れてないって思ってるんだろーけど、はたから見たらバレバレだよ。だってサアヤ、外側の人間にはかわいい顔見せねーもん」

 ……はい?

「かわいい、かお…??」

 なんだそれ。意味わからん。いや、意味はわかるけど。可愛い顔。読んで字の如くだけど。
 おれが、外側の人間には、可愛い顔を、見せない、だと…?

「平凡極まりない地味美術部員捕まえてわけわかんないこと言うなよ」
「うわー、さらっと言い切ったよこの子。ジミビジュツブインだって! 言いにくっ」
「地味美術部員…別に言い難くないだろ」

 じみびじゅつぶいん、じみびじゅつぶいん、じみびじゅつぶいん。
 呪文のように何度も唱え、やっぱり言いにくっ!、と市村は眉根を寄せる。争うことでもないだろうに。呆れたような視線を送ると、市村はうおっほん、と下手糞な咳払いをした。

「っあー、とにかくサアヤはかわいいよ、うん。かわいい」
「可愛い可愛い言うな」
「だって事実じゃん。そのやぼったい黒縁眼鏡とったらかわいいじゃん! めちゃかわいいじゃん!」
「連呼すんなっつってんだろ」
「その時々飛び出す汚い言葉がまたかわいいんだよこんちくしょー!」
「…風呂で逆上せたんじゃねえの」

 頭冷やせば?、と言ったおれに市村はそんな子に育てた覚えはありませんっ!、と叫んでから泣き真似をした。はっきり言って気持ち悪い。誰がお前の子だ。独狂言がしたいなら演劇部に入れ。

 大体、可愛いって何だ、可愛いって。男子高校生に言う言葉じゃないだろう。そりゃあ、半年くらい前までは中学生だったけど。一貫の男子校であるここでは「可愛い」が挨拶の「おはよう」と同じくらい当たり前に飛び交ってるけど。そういうのは言われて嬉しいと感じる人間にだけ言ってくれ。

 おれがこの高校を進学先に選んだのは男に「可愛い」と言われる為でもなければ、男と恋愛する為でもない。
 全寮制で交通の便も悪くないからだ。

「……サギだよねー、ほんと」

 ソファーの上で捨てられた女のように泣いていた(勿論真似だけど)市村が、ソファーに齧り付くような体勢でおれに視線を送ってくる。

「‥何が」
「クラスでも部活でもじみーでへいぼーんでふっつーなサアヤが、実は美少女なんだから」
「ふざけんな」

 母さんの遺伝子をもろに受け継いだおれは確かに女顔だろう。
 小さい頃はどうしてズボンしか穿かないの?、と近所のおばさんたちに不思議がられたり、黒いランドセルを背負っている姿を心底信じられないという顔で見られたり。女と間違えてナンパされたことも何度かあって、割と整った顔立ちであることは今までの短い人生でいやというほど実感している。
 でも、美少女なんかじゃない。

「詐欺なのは桜崎の方だろ」
「え、何で?」
「お前、おれが初めて桜崎と会った日、何て言った?」
「えー…えーと、桜崎ふくかいちょーって、あんまり笑ったりしないんだよ、だっけ?」

 自信なさげに首を傾げる市村にそうだ、とこっくり頷けば、それが何??と言いたげに再び首を傾げる。
 …それが何、だって?
 何じゃねえだろ。あの人、初っ端から笑ってたじゃねえか。
 見たこともない人間にいきなり『きみがほしい』とかわけわからんこと言われて、抱きしめられて、頭の中が真っ白になってるおれの前で、にこっ、とか、ふわっ、てな擬音語が似合いそうな笑みを浮かべてたじゃねえか。
 そう言うと、市村はきょとん、としたあと、呆れたように笑った。

「ばっかだなー、サアヤ。だからサアヤは桜崎ふくかいちょーにとって特別なんじゃん」

 とくべつ?

「そんなわけない」
「何で? ちょー特別じゃん。あんまり笑わない桜崎ふくかいちょーが、サアヤの前でだけ表情豊かになるんだから」
「――桜崎の表情が豊かになるのはおれの前でだけじゃねえよ」

 視線を下げたおれの呟きが聞き取れなかったのか、それとも意味がわからなかったのか。市村のえ?、という声が目の前のローテーブルに落ちたけど、おれは何でもないと言って答えなかった。

 嵐のように現れ、嵐のように去っていった男。
 呆然としつつもあの男は何だ、と言ったおれに、市村は持っている情報を教えてくれた。桜崎嫩葉という名前や副会長という役職、それから人気の高さや性格なども。
 市村の話しを全て信じるのなら、桜崎は喜怒哀楽をあまり顔や態度に出さない。それ故に親しい人間も少ない。篠原先輩からも同じようなことを聞いたからそれは事実なんだと思う。

 …でも、だけど。
 桜崎はおれの前でだけ表情が豊かになるわけじゃない。甘ったるい微笑みを向けられる人間はおれだけだったとしても。桜崎の喜怒哀楽を間近で見ているのはおれだけじゃない。
 いや、むしろ、あの人の方が桜崎の色んな感情を見ている。おれには向けられない種類の顔を見ている。
 だから、…だから。
 おれは特別なんかじゃない。
 好きだと言われて、慈しむようなキスをされて、その皮膚の震えを感じ取っても。

 おれは桜崎の特別なんかじゃない。


「…やっぱ無理かあ。文化祭に展示する絵を描いてるサアヤに、桜崎ふくかいちょーのことを真剣に考えろ、ってのは」

 向かい側から聞こえてきた予想外も甚だしい台詞におれは顔を上げる。

「サアヤ、なんで元々大きい目をさらに大きくしてオレを見るのかな」
「…お前がいきなり尤もらしいことを言うからだろ」

 びっくりした、と言うと、市村は眉根を寄せて頬をふくらませた。
 ゴリラに申し訳ないが、ゴリラみたいな顔だ。

「ごめんなさいねっ! でも、この学校で一番サアヤを理解してるのはオレですからっ!」
「理解? 情報所持の間違いだろ」
「サアヤひどい! アタシのことは遊びだったのね?!」
「‥お前、マジで演劇部に入れ」

 ショック!!、というジェスチャーをする市村に呆れた眼差しを送り、レモンティーの入ったマグカップを両手で包んだまま自室へと向かう。
 ――馬鹿で煩くてうざい反応を示すお前と話すと、処理に困るもやもやしたものが綺麗に凪ぐ、なんて。
 そんなこと、市村本人には絶対に言ってやらない。



使用御題>>Fifteen title『止まらない恋』



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