※12禁表現※ 「帰りなさいな」 「…ッ、……、」 冷ややかに笑いかけると、ヨージは窶れて幾分精悍になった顔を歪めた。 理由なんて、知らないけれど。 おれは別に怒っているわけではないし、ヨージに土下座して謝ってもらいたいと思っているわけでもない。 傍目には怒り心頭で元恋人に悪辣な態度を取る男、という風に見えているのだとしても。 謝るまで許さない!、なんてことは思っていない。 だっておれは浮気を「許す」人間だから。 恋人の浮気に対して「許せない」や「許さない」と思うのなら、最初から浮気を許したりしない。 結局別れるならお前も浮気を「許さない」人間なんじゃないかと言う人もいるだろう。 人によってはおれの考え方を詭弁だの綺麗事だのと一蹴するかもしれない。 でもおれは今までこの考え方で生きてきたし、実際にそういう付き合い方をしてきた。 だからこれは詭弁とか綺麗事とか、そういう次元の問題じゃない。 おれの中にあるけじめの問題だ。 許容範囲外のことが起こったら「別れる」を選択するのも、その許容範囲を作っているのも。 浮気を「許す」人間としての、おれなりのけじめ。 若し浮気を全面的に許している人がいて、だからお前のような男は違うんだと言われたら、おれはきっとこう言うだろう。 あなたの方が違うんだ、と。 全面的に許すこと自体を否定するわけではないし、世間ではきっとそういう人を健気や献身的と表現するんだと思う。 けれど同時に、世間はそれを付き合っているとは言わないんじゃないだろうか。 誰も恋人とは呼ばないんじゃないだろうか。 だからおれは誰かの「恋人」である以上、浮気相手を優先させられたら別れるのは当然だと思っている。 ――話がずれたが。 おれがヨージに対して突き放すような態度をとるのは怒っているからではなく、さっき言ったように関係がないからだ。 直接謝りたいはずのおれに対する謝罪がないのなら、おれとヨージは赤の他人のまま。 元々赤の他人だった元恋人同士の間に横たわる関係は、無関係という三文字でしかない。 配達員は品物を渡して代金を受け取ったらさっさと帰るべきだろう? 「リタ、ユージ、ピザ食べようよ」 「―――ッ、!!」 「冷めたら不味く、」 「何で祐司を名前呼びしてんだよっ!!」 「…は?」 何でと言われましても。 おれ、基本的に二文字か三文字――真ん中に「ー」が入る場合のみ――呼びだし。 青井は「アオ」って呼べるけど、兄貴の知り合いの青柳さんを既に「アオさん」って呼んでるし。 「ユージを何て呼ぶかはおれの自由だろ。きみにとやかく言われたくない」 …まったく。 ここはリタの部屋なのに、主導権から一番遠いのはリタじゃないか。 ヨージをここまで入れたのもリタだけど。 溜息を吐いて立ち上がる。 が、それは隣に座っているユージによって妨害された。 「? ゆ――――」 手首を掴む力は思った以上に強く、前髪の隙間から見下ろした双眸はどこか熱く。 ユージ、どうした?という質問は音にすらならずに消えた。 文字通り飲み込まれたからだ。 「んっ…」 「ッ!!? てめっ…!!」 ヨージの怒声が異空間の音のように脳に響く。 どうしてユージはおれなんかにキスしているんだろう。 自分の好きなカノジョを浮気相手に選んだヨージへのあてつけか? 本当、ユージの言動はころころ変わってよくわからない。 ヨージのことを嫌いだと断言しておきながら庇うようなことを言ったり、おれを責めたり。 結局のところ、ユージは誰に対して何をしたいんだ? ついでに、いつまでも帰ろうとしないヨージは何がしたいんだ? 「何してんだよっ!!!」 ユージの身体が引き剥がされた時、おれの意識は突然訪れた睡魔によってあっさりと奪われた。 「――――……」 我ながら情けないというか有り得ないというか。 ユージに泣かれて倒れそうになった所為か? 元々規則的な睡眠をとるのが嫌いで眠くなった時に寝るようにしているけど、まさかあの状況でも眠くなるとは思わなかった。 自分にびっくりだ。 「十時…、十時っ??」 やけにカーテンの外が明るいなと思ったら、携帯のメインディスプレイは次の日の午前十時を示していた。 睡魔に襲われたのは多分午後三時前だったから、十九時間も寝ていたということになる。 幾らなんでも寝過ぎじゃないか、おれ…。 そんなに無理していたつもりはないんだけどな。 カーテンを開けると太陽の明るい光が室内に差し込んでくる。 今日もいい天気だ。 出来ることなら昨日の出来事なんか忘れて健康且つ健全な一日を始めたいが――そうは問屋が卸さないだろう。 唸りたい気分で伸びをしていたら、寝室のドアが開いてリタが顔を出した。 「! 何だ、起きてたのか」 「おはよう、リタ」 「おはよう」 「昨日はごめんな。滅茶苦茶迷惑かけて。おれをここまで運んでくれたのもリタなんだろ?」 「そうだけど‥そんな顔すんなよ、ノリト」 リタはぐしゃぐしゃとおれの頭を撫でる。 「別に迷惑かけられたなんて思ってないし、ノリトの為に出来ることがあるなら俺は嬉しいよ。大学時代は随分と世話になったからさ」 「……ありがとう」 リタは本当にいい男だな。 同じ性別の人間として心底尊敬する。 中学時代からずっと付き合っている彼女がいるのも納得だ。 未だに結婚しないのはリタが定職に就きたがらない所為らしいけど、若し二人が結婚することになったら、是非ともスピーチをさせて頂きたい。 「リタ、昨日はここに泊まったのか?」 「ああ。勝手に使っちゃ悪いと思ったんだけど、隣の部屋のベッドで寝させてもらったよ。リネンは洗濯して今干してるから安心してくれ」 「安心って何だよ? あのベッドはリタ用に置いてあるんだぞ?」 一応、押しかけ女房の如くやってくる兄貴の為でもあるが、九割以上はリタの為に買ったものだ。 兄貴の存在を意識から排除してリタが使うと思えば、財布の紐なんか簡単に緩む。 今までは場所がなくて布団に寝てもらっていたけれど、部屋数が増えたからベッドにしたんだと言うと、リタは苦笑した。 「リタ?」 「ノリトにそう言って貰えるのは凄く嬉しいけど、アイツらのことを考えるとちょっと複雑だな」 「アイツら?」 「青木と青井。二人ともリビングのソファーにいるよ。一晩中起きてたみたいだ」 何で人の家で一晩中起きてるんだよ。 我慢大会でもしてたのか? 「……ピザは?」 「アイツらが食べなかったから、俺が昼と夜に分けて食べたよ」 「…飽きなかったか?」 「ピザは俺の大好物なんだから、飽きるわけないだろ?」 「そうだな。ごめん、ありがとう」 気にするなという風に笑うリタを見上げながら心底思う。 あの二人にはリタの爪の垢を煎じて飲ませた方がいいかもしれない。 NEXT * CHAP |