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05


 怒ったり泣いたり怒鳴ったり。
 感情の起伏が激しい人間は嫌いじゃないけど、得意でもない。
 リタみたいにおれが納得する形で表現してくれればいいのに。
 何の前触れもない態度の変化はわけがわからなくて頭が疲れる。

 ユージは良く言えば素直で、悪く言えば子供っぽい。
 今日を含めて話すのはまだ二回目だけど、実年齢と違って精神年齢は成人に達していないように思う。
 でも、体裁を気にせずに堂々と矛盾を口にするところは、ユージの強さとも言えるんだろう。


「、……アンタ、耳弱いのか‥?」
「…健康且つ正常だ」

 一キロ先にある駅の発車ベルが聞こえるくらいには。

「耳はノリトの大事な仕事道具なんだよ」
「‥何の仕事やってんの?」
「フリーコンポーザー」
「…こんぽぅざぁ?」

 片仮名が平仮名に聞こえたのはおれの気のせいじゃないよな。
 まあ、シナリオライターやイラストレーターとは違って、耳慣れない言葉なんだろうけど。
 その発音じゃ「梱包座」に変換され兼ねないと思う。

「‥、………、…」
「少年、わからないことは聞かないと一生わからないままだよ」

 耳から両手を外して寝転がったまま視線を上に移すと、むっとしたように眉根を寄せるユージが見えた。
 わからないならわからないって素直に言えばいいのに。
 横文字を知らない人間は格好悪い、という偏見でも持っているのだろうか。

「外見だけの格好良さなんて、地面に落ちて踏まれる桜の花びらみたいに虚しいものだぞ」
「――…っ」
「ぉわっ」

 ユージの乱暴な座り方にベッドがぼふっ、と抗議の音を上げる。
 危ないな、こら。
 他人の家なんだからもっと謙虚に振舞いなさい。

「‥ユージ、」
「具体的にどんなことやってんだよ」
「……フリーコンポーザーっていうのは無所属の作曲家。CMやゲームの曲をパソコンで作るのが主な仕事だ」
「作曲家ァ!?」

 目と口を最大限に開けたユージがぐるんっと勢い良くおれを振り返る。
 狐が人間に化ける瞬間を目撃したかのような驚愕の表情は何を言いたいのかな。

「作曲家って…あの作曲家!? マジで!?」
「きみの言うあの作曲家がどの作曲家なのかはわからないが。これでも一応、音楽作品を創作する作曲家の端くれだよ」
「うっそ!!」
「残念ながら嘘じゃない。…まあ、副業も色々やってるから、企業に積極的に売り込んだりはしてないんだけどな」
「…色々って?」
「親が経営してる音楽教室の臨時教師、調律、譜面起こし。あと、ネットのダウンロード販売とか」
「オールマイティーかよ。なあ、どんな曲売ってんの?」
「どんな、って…。ちょっと待ってろ」

 ベッドの端の方に転がっている携帯を足で手繰り寄せ――兄貴からの着信は当然無視する。
 SDカードのデータフォルダを開いて一番ダウンロード数の多い曲を再生すると、何故かユージが動きを止めた。
 数秒、眉を顰めて聞き入り、信じられないという顔でおれを見る。

「どうした?」
「――ッ、アンタまさか、『調音』…っ!!?」
「…チョウオンじゃない。『調音』と書いて『ノリト』だ」
「さっ、サギだ!!」
「一浪した大学三年生。詐欺ぐらい漢字で言いなさい。片仮名で済ませようとするから遣い方を間違えるんだ」
「! 余計なお世話だっ! つかアンタが『調音』ってマジかよ!? 何だこの偶然!」

 何とも微妙な表情で叫んだユージに、おれだけでなくスツールに腰掛けているリタも首を傾げる。

「「偶然?」」
「俺、アンタのサイト知ってんだよ! 何曲かダウンロードしたし!」
「…、そりゃどうも」

 ユージはおれが『調音』であることを知って非常に驚いているようだが、おれだって今の告白を聞いて非常に驚いている。 
 まさか頭が金色の男子大学生にまで利用されているとは。
 世の中は想像以上に狭いらしい。

「凄い偶然だな」
「前回も今回も、少年の方からやって来た偶然だけどな」

 面白そうに笑うリタに苦笑を返した時、チャイムが鳴った。
 時間的にピザ屋だろう。
 リタが立ち上がったのを見て鞄に手を伸ばすと、会員カードで支払った方が得だから今日はいいよと言われてしまった。
 ……それじゃあお礼の「お」の字を掠りもしないんだが。

 ピザを持って戻ってきたら全額きっちり払ってやると心に決めたおれは、上体を起こしてユージの隣に腰掛けた。

「なあユージ。初めて会った時から気になっていたんだが、きみはヨージとどういう関係なんだ?」
「はっ!? か、関係って!??」
「きみの話を聞く限りヨージと親しくしていたとは思えないし、ヨージからきみの話を聞いたこともないのに、男のおれが恋人だってことを知っていただろう? 何でなんだ?」
「……別に…見てたらわかっただけだ」
「おれとヨージは人目のある場所で恋人だとわかる行動をとったことはないんだが」

 第一、ヨージの大学近辺で待ち合わせすること自体が稀だ。
 仮に疑われるような場面があったとしても、それをサークル仲間のユージが目撃する可能性はゼロに等しい。

「違う…、そうじゃなくて。アイツが『ノリト』と電話してるとこを見てわかったんだ」
「電話? ‥内容か?」
「顔」
「かお?」
「誰もいない教室でアンタと電話してる時の顔。『ノリト』って呼ぶ声が、『好きだ』って言ってるように聞こえた」
「――――……少年、恋愛小説の読みすぎじゃないか?」
「茶化すなよっ!!」

 いや、茶化すなよと言われてもな。
 きみのじれったい恋愛話を聞かされている気分になったんだよ。

「でもなんか、可愛いな、ユージ」
「ッ!!?」
「年上の女性にモテるだろ」
「ばっ‥、変なこと言うんじゃねえよ!!」
「そこで赤くなるってことは、先輩とかOGに迫られたことがあるんだな? 年上キラーか」
「ちがっ…――――」


「 の り と ? 」


「…ん?」
「!! よー、じ」

 ユージの赤くなった頬をからかうようにつついていたら、誰かに呼ばれた気がして。
 玄関に続く廊下の方に視線を移したら、何故だかヨージが立っていた。
 ピザ屋の制服姿で。

「おれの記憶が正しければ、きみのバイト先はファーストフード店だったと思うんだが」

 いつからピザ屋になったんだ?
 …おれと別れてからか。
 まあ、そんなことはどうでもいい。

「リタ、いくらだった?」
「っ……6860円です」

 ピザの薄っぺらい箱を三つ重ねて持っているリタに訊いたのに、ヨージが答えた。
 6860円…細かいのあったかな。

「きみはまだバイト中じゃないのか?」
「…今日はもう終わり。バイク戻しに帰るけど」
「じゃあ早く帰りなさい。他の配達員が困るでしょう」

 むしろ何とも言えない空気が漂っている所為でユージとリタが気まずい思いをしているから早急に帰ってくれ。

「、…ノリトはまだ、ここにいるのか?」
「きみという部外者がいる所為でまだピザを食べてないからね。勿論食べ終わったら帰るけど、ピザ屋のきみには全く関係のないことだろう?」
「っ、……」
「違うかな、バイトくん? 違わないよね?」

 謝る気すらないんだから。





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