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03


「ノリト、大丈夫か?」

 おれのメールを見て駆けつけてくれたリタは、開口一番そう言った。
 腕を抱きしめて放さない金髪少年が鼻をすする姿なんて気にならない程、真っ青な顔をしていたらしい。
 確かにあと少しでもリタが来るのが遅かったらおれは倒れていただろう。
 やっぱり目の前で泣かれるのは心臓に悪いと思う。

「リタ、ありがとな。助かったよ」
「気にすんな、って。まだ休んでた方がいいんじゃないのか?」
「もう平気だよ。少年も泣き止んだし」

 予定通りならおれは今頃リタに昼食を奢っているんだろうけど、他人とは言え泣いている金髪少年を放置するわけにはいかず、泣いている人間を連れてお店に入る気にもなれず。
 リタがうちに来るかと言ってくれたので、迷惑を承知でお邪魔させてもらっている。
 また改めてお礼をしなきゃいけないな。

 リタから二人分のコーヒーを受け取ったおれは金髪少年の前に一つ置き、向かい側に座った。

「……ありがとうございます」
「少年、お礼ならリタに言いなさい」

 むしろ迷惑をかけてすみませんと謝りなさい。
 リタは朝五時からバイトをやってて疲れているんだぞ。

「‥祐司(ユウジ)」
「ん?」
「青井(アオイ)祐司。俺の名前」
「…ヨージと似てるんだな」

 元恋人のヨージは青木(アオキ)陽司。
 そんなに珍しい名前じゃないからサークル内に似た名前の人間がいるのは不思議でも何でもないけれど、六文字中、三番目と四番目以外が同じってのは結構凄いんじゃないだろうか。
 素直にそんな感想を漏らすと、目の前で胡坐をかいているユージは不満そうに眉を顰めた。

 何でそこで嫌そうな顔をするかなあ。
 最近の若者は何を考えているのかちっともわからない。

 何が気に入らないんだと首を傾げると存外素直に話し出したので、おれの後ろにあるベッドに腰掛けたリタと一緒に耳を傾けることにした。

 ユージの話を纏めるとこうだ。
 自分とヨージは名前も顔の系統も似ていて間違える人も少なくないのに、何においてもヨージに負けていて、一度だって勝ったことがない。
 元々張り合う気はなかったので敵わないのはどうでも良かったのだが、好みが似ているのか、サークルも専攻もゼミも…と何かと傍にいることが多く、そのうち周りの人間がことあるごとに二人を比べるようになり、大学三年生になった今ではヨージの名前を聞くだけで気分が悪くなる、と。

 …言ってもいいか?

「くだんねー」
「!」
「ノリト」
「だってそうだろ?」

 これがくだらなくないなら、世の中にくだらないことなんて何にもない。

「っ、そりゃあ、アンタにとってはくだらないことかもしれねえけど、俺にとってはくだらなくねえんだよ。誰だってムカつく奴が自分の好きな女を浮気相手にしてたら腹立つだろう!」
「話がズレてないか?」
「ズレてねえ!」
「あ、そう」

 でも、くだるくだらないとは違う話だと思うんだけどな、それ。
 だっておれがくだらないって言ったのは、名前が似ているだけの他人の所為で潰れていくことだし。

「まあいいや。それで、さっき突然泣き出した理由は?」
「っ、…そ、んなの、どうでもいいだろッ」
「年長者の予定を狂わせといて何その言い草。きみが年甲斐もなく泣き出さなかったら、おれは今頃リタに昼食をご馳走していたんだけど」

 涙に弱いおれが気分を悪くすることもなかったんだけど。

「………」
「そういえば何か色々腹立たしいことを言われた気がするな。その理由も言わないつもりか?」
「………」

 ユージの言動を見る限り、起こった変化はおれとヨージが別れたことだけ。
 おれに八つ当たりのようなことをしているのは、ヨージがユージの好きなカノジョと続いているからなんだろう。
 ユージが望んでいたのはおれとヨージの破局ではなく、ヨージとカノジョの破局だから、遣り切れない思いなのかもしれない。

 沈黙したユージから聞き出すことを諦めたおれは、顔を仰け反らせてベッドに座っているリタを見上げた。
 逆さまでも漢前だ。

「リタ、出前とろうよ」
「そうだな。何がいい?」

 重たい前髪を左右に分けるリタの手はごつごつしているのに優しくて気持ちがいい。

「リタの好きなものでいいよ。元々お礼するつもりで来たんだし」
「じゃあ、ピザでいいか?」
「勿論」

 ピザ好きのリタが先月、近所に新しいピザ屋が出来たと喜んでいたから、そんなに待たされることはないだろう。
 トッピングや味に詳しいリタに選んでもらうと、おれは薄っぺらいメニュー表をユージに向かって差し出した。 

「ユージも何か好きなの頼めよ」
「――――」
「ユージ?」
「っ、は!? 何っ??」
「いや、おれが何?って言いたいんだけど。ピザ要らないのか?」
「ピザっ?」
「イエス、ピザ。お昼まだなら好きなの選べ。ついでに奢る」

 腹筋を使ってテーブルに近づき、まだ一口も飲んでいないコーヒーをちびちび啜る。
 口内に広がる苦味と酸味のバランスは絶妙だ。
 相変わらずリタの淹れるコーヒーは美味しい。
 おれはあまり食べ物や飲み物に拘らない性質だけど、リタのコーヒーを飲んでからは学食や自動販売機のコーヒーが飲めなくなった。
 今度来る時の手土産はコーヒー豆に決定だな。

「…………何かな少年。どんなに凝視しても人間の視線は物体に穴なんか開けてくれないと思うんだが」
「…アンタ、変わってるって言われねえ?」
「不思議っ子と言われたことはある」

 おれの赤裸々な告白を聞いた美香ママに。

「リタ、ユージはピザ要らないってさ」
「言ってねえ!!」
「要るのか?」
「アンタが奢るって言ったんだろ!?」
「だってきみ、おれの顔を見るだけで何も言わなかったから。おれたちと食べるのが嫌なのかと思って。別に強制じゃないし」
「…食うよっ!」

 いつの間に選んだのか、ユージが「シーフードミックスのM!!」と叫んだ時、おれのプリペイド携帯が着信を告げた。





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