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02


 新居に移って二週間が経った日のお昼過ぎ、おれはヨージの大学の傍まで来ていた。
 言うまでも無いが、元恋人に会いに来たわけではない。
 ヨージの通う大学の正門のすぐ傍にあるコンビニでバイトをしている友人に会う為だ。
 因みにその友人は映画のチケットをタダでくれた気前のいい青年であり、ヨージの代わりに映画に付き合ってくれた相手でもある。

 ここら辺の地理にはあまり詳しくないから、昼食場所はリタ――狩田だからリタと呼んでいる――に任せようかと考えていると、ふいに前方で誰かが足を止めた。
 もっさりとした長い前髪の隙間から顔に目線を合わせてみると、何となく見覚えがあるような、ないような……。

 いや、はっきり言おう。
 恐らくおれの姿を認めて足を止めたであろう前方の男子大学生は、頼んでもいないのにおれに「サークルの合宿なんかないぜ」と告げ口してきた金髪少年だった。
 おれは別に話すことも無いので気づかなかったふりをして通り過ぎようと思ったんだが、再び歩き始めた彼はおれに向かって直進し、案の定腕を掴まれた。
 最近の大学では人との付き合い方ではなく、通行人の捕まえ方でも教えているのかもしれない。

「……何か用?」
「アンタ、陽司に会いに来たのか?」
「自分から別れを告げた相手にわざわざ会いに行くほど煩わしいことはないだろうね」
「………じゃあ何でここにいるんだよ」
「日本国籍を持つ日本生まれの日本人なんだから、いつどこを歩いていようが、咎められる理由はないと思うな。それともここは、立ち入り禁止区域か私有地なのか?」
「………………」
「用が済んだなら放してくれ。おれは暇じゃないんだ」

 そう言いながら左手を上げて腕時計を見ると、バイトが終了する五分前だった。
 時間きっかりに出てこられるわけがないからまだ余裕はあるけど、この間のお礼に昼食を奢る立場のおれが時間ギリギリに行くのは失礼だろう。
 右腕の解放と同時に横断歩道を目指して歩き出す。

 だが、数メートル進んだところで背中に声をぶつけられた。

「――――アンタ、俺が憎くないのかよ」
「……はい?」

 おれは二度しか会っていない人間に憎しみを抱くほど器用じゃないんだけど。

「俺が告げ口したから別れたんだろ」
「…まあ」

 中らずとも遠からず、である。
 確かに金髪少年から情報を得なければ、携帯をチェックしたり大学に電話をして確認をとったりしないおれは、別れるという選択をしなかっただろう。
 ヨージがおれともカノジョとも上手くやっていくつもりだったなら、もっとずっと付き合っていたかもしれない。
 だけど、今回おれとの約束を取り消してカノジョとの予定を優先したんだから、ヨージは近い内におれを恋人として扱わなくなるだろうし、向こうから別れ話を持ち出してくる可能性は高かったように思う。

「きみの行為は単なるキッカケに過ぎないよ」
「…こんな簡単に別れちまって、後悔しねえのかよ」
「……」
「アンタにとって陽司はメール一通で終わるような存在だったのかよ」

 怒っているような目で睨みつけてくる金髪少年。

 何できみはそんなことを言うのかね。
 きみにとってヨージは憎い相手じゃないか。
 おれに告げ口したのだって、おれの存在を知らせずにカノジョと付き合っている――浮気している――ヨージが許せなかったからなんだろう?
 本当はカノジョに教えたかったけど、そんなことをすればカノジョを傷つけることになるから、傷ついても構わないおれに教えたんだろう?

 それなのに何でおれが非難されなければならないんだ。
 今回のことで責められる人間がいるとすれば、それはきみとヨージじゃないのか。

 自分勝手が過ぎる発言におれは短い距離を引き返すと、その胸倉を掴んで引き寄せた。

「っ、!」
「きみがおれに対してどんな印象を持っているのかは知らないし、話し合うこともせずにメール一通で終わらせることを一般的に酷いと言うのかもしれないが、おれは本気で好きになった奴としか付き合わない」
「…、……」
「ヨージにも、きみが好きなヨージのカノジョにも、きみが告げ口したことを言うつもりは毛頭ないから、くだらないことをほざいている暇があったら勉学とバイトに精を出しなさい」
「……っ…」
「顔はいいのに頭はプリン、じゃ女の子にモテないでしょう」

 言うだけ言って胸倉を離すと、おれは早足で横断歩道へ―――って。

「っ、!? な、何だっ??」

 突然、背中に衝撃を感じた。
 肩口には金髪が広がり、胸には二本の腕がしっかり回されている。
 金髪少年がおれに抱きついていることは間違いなさそうだが、鼻水をすする音が聞こえてくるのは間違いだと思いたい。

 今のやりとりのどこに泣く要素があったのでしょうか!?

「ちょっ、おい! 何で泣いてるんだよっ!」
「…っく、……ぅ゛…」
「しょ、少年、とりあえず腕を放せ。とりあえず腕を放そう、なっ?」

 男子大学生の涙に慌てるなんて自分でも情けないと思うが、涙に弱いのは昔っからなんだから仕方が無い。
 何とか金髪少年の腕を解いて向き合うことに成功したおれは、鞄の中からハンカチを取り出すと濡れた頬を拭い、助けを求める為にそろそろコンビニから出てくるであろうリタにメールを送った。





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あきゅろす。
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