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キス魔笑顔だ。02



 『篠原香先輩!!! 好きですッ! 付き合って下さい!!』


 突然にも程がある告白を聞き間違いだったと判断し、素直に謝ったにも関わらず、その直後に僕の涙ぐましい努力を一瞬で泡にされた日から既に三日。

「ありえん!!」

 動物園のパンダもビックリの状況に陥った僕は、ここ数日の我慢を爆発させるように、幼稚園来の親友である四之宮涼一(シノミヤリョウイチ)の隣で腹の底から声を吐き出していた。

「ありえんだろどう考えてもッ!!!」





キス魔笑顔だ。




「何なんだ、この学園の連中は!?」

 高等部一年、柳佳寿也。

 サッカー部に所属しているアイツは、整った顔立ちにいつもにこにこという表現がピッタリな笑みを浮かべていることで、人気のある生徒だった。

 所謂、男の園・男子校で男から熱い視線を送られる「モテ男」である。

 そんな、下級生からも同級生からも上級生からも好かれているモテ男に大声で愛の告白とやらをされたらどうなるか……。

 誰だって想像出来るだろう。

 クラスの可愛い生徒(勿論男だ)からは嫉妬と憎悪の絡み合った鋭い視線で刺されまくり、その可愛い奴等に嫌われたくない男共からは「関わり合いたくないけど興味だけはあります」みたいな目で見られ、休み時間の度に他クラスや他学年の連中がチラチラ覗きにやって来る始末。

 学年次席という肩書き以外は特に何も持っていない、一生徒に過ぎないはずの僕は、あっという間に学園中の人間が知る生徒になってしまった。

「同性愛者だらけならもっと静観しろ!!」

 これが、定期考査でカンニングをしたとか、全校集会をメチャクチャにしたとか、僕の言動の所為だったならわかる。

 学園中から色んな意味の視線を浴びるのは当然だ。

 だけど、今回のことは僕の所為じゃない。

 ――確かに、聞き間違いだとは誤魔化せない二度目の告白をされた直後、僕は返事をすることもなく真っ白になった頭で寮の自室へと逃げ込んだし、翌日からちょくちょく会いに来ている柳を「鬱陶しい!」と悉く拒絶しているけど。

 僕は初めて柳が教室に来た日、「誰とも付き合う気はない」と断ったんだ。

 宙ぶらりんの状態のまま放置なんてしていない。

 だからフられたにも関わらず、顔を出す柳が悪いんだろ?

 そもそも、こんな平凡極まりない、どこの学校にも必ず一人はいるような、”とりあえず勉強だけは出来ます”的な男に告白した柳が悪いんだろ?

 なのに、何で、

「『頭しか取柄がない男』で悪いかッ!!」

 僕が誹謗中傷を受けなければならないんだ。

 学生の本分は勉強だし、スポーツ特待生として入学したわけでもないんだから、取柄が頭だけでもいいじゃないか。

 むしろ、取柄と言えるものがあるだけいい方なんじゃないのか?

 自分の努力で手に入れたわけでもないくせに、可愛い顔立ちを自慢してる奴等に馬鹿にされるのは不愉快だ。

 男に取り入ることしか考えてないお前らに、僕の何がわかるっていうんだよ。

 こんなくだらないことで僕の存在を否定する権利がお前らにはあるって言うのか?

 冗談じゃない。

「ふざけるな!!!」

「香、香、ちょっと落ち着こうよ。ね?」

 明太子オニギリをぐちゃりと握り潰しそうになっている僕の手を、隣に座っている涼一がそっと叩く。

 平熱が三十五度台の涼一の手は少しひんやりしていて、僕は涼一と目を合わせると怒りを逃がすように息を吐いた。

「………ごめん、涼一」

「僕の鼓膜はそんなに柔じゃないよ?」

「違う、そうじゃなくて…いや、食事中に大声で叫んだこともだけど。こんなところまでつき合わせちゃって、ごめん」

 僕は目を伏せて小さく頭を下げた。

 今は昼休みで、ここは屋上。

 食事時は校内にある食堂や購買だけでなく、屋上にもそれなりの生徒が集まる。

 だけどそれはHR棟の話であって、渡り廊下を二つ通らなきゃならない特別棟の屋上に、わざわざ昼食を食べに行く生徒はいない。

 涼一がここにいるのは、騒がしい教室でご飯なんか食べられるか!、という僕の我儘に「香が心配だから」と言って付き合ってくれたからだ。

「香が謝る必要はないよ。僕が勝手について来たんだし、香が柳くんから逃げたい気持ちはよくわかるから」

「涼一……」

 『儚げ美人』と褒め称えられている涼一の『天使の微笑み』ではなく、涼一の優しい言葉に鼻の奥がツーンとする。

 もともと僕は広く浅くの付き合いをする社交的な性格じゃないけど、この学園に編入して一年とちょっと。

 それなりに「友達」と呼べる奴も出来て、何人かは二年でも同じクラスになった。

 でも、今回の件で「友達」と呼べる奴等は見事に僕から離れていった。

 …いや、離れていった、って言うのは違うかな。

 グループを作っていつも一緒に行動していたわけじゃないし。

 ただ、以前のように、何でもない些細なことで言葉を交わすことがなくなった。

 今までは授業中や昼休みにわからないところを訊いてきたのに、それがなくなった。

 ただ――本当にただ、それだけのことだけど、つまりは「それだけの関係だった」って言うことだ。

 『柳クンを誑かして……』

 『弱みを握って脅してるって……』

 『学年二位だけあって、狡賢い……』

 そいつらが噂を信じたのかは知らない。訊くつもりもない。

 僕にとって大事なのは、僕がどれだけ陰口を叩かれても、涼一だけは今までと変わらずに傍にいてくれた、ってことだから。

「俺、涼一が友達で本当に良かった」

 思ったことを素直に口すると、涼一はさっきよりも柔らかく、ふふ、と笑った。

「香、一人称が『俺』に戻ってるよ」

「えっ……あ!」

 公立では『俺』が圧倒的に多くても一貫の私立校じゃ『僕』が多いに違いない、と勝手に決め付けた僕は、中学三年の冬休みから一人称を『僕』に変えている。

 呼び方とか言い方とか、それまでの習慣を変える些細な変更が意外にスムースに出来る僕は今まで問題なく過ごして来たけど、やっぱり幼稚園来の付き合いである涼一と話している時はふとした瞬間に『俺』と言ってしまうことがある。

 やってしまった、と思わず手で口許を覆うと、間近でそんな僕を見ていた涼一が小さく噴出し、少し冷たい手に頭を撫でられた。

「もう、香ってば本当に可愛いんだから。僕としては『親友』って言って貰いたかったのに、文句の一つも言えないじゃないか」

「――かっ、可愛くない! 可愛いって言うなって言ってるだろ!!」

 僕は可愛いな〜とにこにこ笑いながら頭を撫でてくる涼一の手をバシンと叩き落とした。

 …いや、実際は叩き落とす寸前に涼一の手は引っ込められたから、僕の手は虚しく空気を切っただけだった。

 目的を果たし損ねた手を握り締めながら腰を浮かせて膝立ちの体勢になり、くすくすと笑っている涼一を恨めしげに睨む。

「涼一っ、卑怯だぞ!」

 百人中百人が美人だと納得する涼一に比べると、僕は本当に平凡な顔立ちをしていると思う。

 でも不細工だと言われたことは一度もないし、あまり認めたくはないのだが……可愛い系に分類される顔らしい。

 そんなわけで中学時代、僕はクラスメイトの女子からしょっちゅう「かーわーいーいーvv」とからかわれていた。

 涼一には「からかってるんじゃなくて、愛でてるんだよ」と訂正されたけど、大して意味は変わらないというか、むしろそっちの方が男としてどうかと思わされる。

 だって普通、男子に「愛でる」なんて表現は使わない。

 花とかペットとか初孫とか、思わず顔の筋肉が緩んでしまうようなものに使うのが正しいんだ。

 ……まあ、兎に角、僕には「可愛い」とからかわれた苦い過去があるわけで。

 「可愛い」と言われると、一瞬停止して反応が遅れてしまう。

 ずっと一緒に過ごして来た涼一は僕のその不名誉?な癖を知っていて、「可愛い」と言いながら頭を撫でるんだ。

 子供扱いされるのが嫌いな僕は撫でられた瞬間にその手を叩き落とすけど、「可愛い」って言われた時は涼一が手を引っ込める方が早いから。

「え、どうして? 僕の反射神経が良くなったってことだろう?」

「何だそれっ! じゃあ僕の反射神経が鈍くなったってことなのか?!」

 今までだって一瞬停止してしまう所為で涼一の手を叩き落とせなかったんだから、反射神経が良くなったも何もないだろう。

 ――でも、何回もやって慣れてきたはずなのに遅れたってことは、やっぱり僕の反射神経が鈍くなったんだろうか?

 もともと運動は得意じゃないし、運動部に所属してるわけじゃないから体育ぐらいでしか身体を動かす機会はないし…。

 素質がないなら今まで通りの生活で能力が落ちてもなんら不思議はない。

 ………ちょっと待て。

 それじゃあ、僕の反射神経や運動神経はこれから先、落ちていく一方なのか?

 自ら体育以外での運動をしなければ、ノロマと呼ばれるようになるのか?

 今でさえ、五十メートルのタイムは八秒台ギリギリなのに?

「香」

「何だよっ! 足が遅くて悪かったな!!」

「いや、全然悪くないけど。元気、でた?」

 涼一をキッと睨みつけた僕は、後半の言葉に目を見開いた。

「!」

 膝立ちのまま固まってしまった僕の顔を、涼一が少し下から覗き込んでくる。

「香‥?」

 ……卑怯だ。

「―――…卑怯だ、涼一」

 涼一の所為で。涼一のお蔭で。

 柳のことも、煩い学園の連中のことも、いつの間にか頭の中からすっかり消えてしまった。

「うん?」

 涼一はズルイ。

 いつも僕と同じペースで歩くくせに、いとも簡単に一歩も二歩も先に足を伸ばしてしまう。

 ピッタリとくっついて進んでいても、次の瞬間には僕の前方で手招きしながら笑ってるんだ。

 ……このタイミングでそんな事を言われたら、怒るに怒れないじゃないか。

 感謝しつつもむかついた僕は、口を尖らせた不満気な僕を見てにこりと笑いながら首を傾げた涼一の腹部目掛けてダイブをかましてやった。


「僕がこんなことで凹むわけないだろ!!」


 周囲に振り回されて落ち込むなんて、そんなことは僕のプライドが許さない。





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