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キス魔笑顔だ。16



 焦茶頭のように、俺に対して悪意やそれに類似した負の感情を持っているならわかる。

 納得はしたくないけれど、理解は出来る。

 でも、この「ハル」という男からはそういったものが一切感じられない。

 見下すことと嫌悪することは全くの別物だ。

 ――その事実が、一刻も早く出て行こうとする身体を押し留めた。





キス魔笑顔だ。




「‥、…篠原くん。君が怒る気持ちはわかるけど、早く保健室に――――」

「わかる? 一体何がどんな風にわかるって言うんですか。貴方も同類でしょう?」

 ぐる ぐる ぐる ぐる。

「え、…」

「この人と同じように、貴方にだって最悪の事態を予想することは容易だったはずだ。仮に今回のことを知らされていなかったとしても、攻撃的な性格をしたあの人の友人なら、近い内に良くない何かが起こることは考えるまでもない」

「……それは…、」

「それでも貴方は何もしなかった。状況を楽しむ傍観者として、何もしないことが唯一のするべきことだった」

 ぐる ぐる ぐる ぐる。

「本当は期待していたんでしょう? 外の世界の常識を持った俺がどんな行動をとるのか、どんな反応を示すのか…。毛色の違う玩具が自分にどんな楽しみを与えてくれるのか、待っていたんでしょう?」

「ちがっ…!!」

「違う? 白々しいですね。それにその、いかにも心配しているというような青白い顔……俺の姿を見て、突然罪悪感に襲われたとでも言うつもりですか?」

 まわって まわって。

「……ッ」

「貴方も十分最悪ですよ」

 おちて しずんで。

「――――篠原。俺たちにはお前に最悪呼ばわりされる理由など、ないんだが?」

「安心して下さい。思い当たる節がないと言っている時点で、十分最悪ですから」

 そ ま っ て 。

「とんだ濡れ衣だな。どうして会って間もない人間の内面がわかるんだ?」

「目を見ればわかります。勿論、勘違いすることだってありますが…、それは貴方にも言えることではありませんか?」

「どういう意味だ」

「言葉に表せる情報だけで相手の人格を決め付けるなんて傲慢なことは、とてもじゃないですけど、俺には出来ません」

 きもちわるい。

「収集する情報は正確且つ膨大なものだ。傲慢ではない」

「ではお訊きしますが、貴方は情報を集める時、全てを自分一人で行うんですか? 何週間も何ヶ月も朝から晩まで対象に張り付いているんですか?」

「一人の人間を知るのに、そんなに面倒なことをする必要はない」

「そうですか…。俺がどんな人間なのかもわかっている、と?」

 きもちわるい。

「当然だ」

「それ程自信があるのなら、俺は焦茶頭のあの人にどんな目に遭わされて、あの人は今どこにいるのか、答えて下さい。他人である俺のことですらわかっているんですから、あの人と何があったのかなんて簡単ですよね?」

「‥お前は志寿也に強姦されそうになったが、冗談じゃないと暴力をふるわれながらも必死に抵抗し、そのことに萎えた志寿也は今頃寮の自室で親衛隊の連中を乱暴に抱き、お前にぶつけ損ねた怒りを発散させている」

 き も ち わ る い 。

「――――最高だな」

「…何?」

「ッ、‥ははっ……」

「篠原、くん…?」

「良かったよ。貴方が情報から構成した自信満々の人物像を、単なる虚像に過ぎないと立証出来て」

 汚 く て 醜 い そ れ が 、

「何だと?」

「俺如きにプライドを傷つけられることなどないと言えるなら、俺の後ろにあるキャビネットの奥を見てみるといいですよ」

 生 温 い 温 度 を 伴 っ て 、

「…ああ、でもこれは、俺と涼一の関係を尋常じゃないと表現した貴方の見解を、肯定することになるんですかね?」

 身 体 中 を 締 め 付 け る 。










「‥、はっ……、はっ…、ッ」

 ――――最悪だ。

 最悪だ。 最悪だ。

 奥底から湧き上がるどす黒い感情に覆われて、なりたくない人間になってるのがわかる。

 俺は、こんな人間にはなりたくないのに。

 憎悪だけをぶつける人間になんてなりたくなかったのに。

 さっきあの二人にぶつけた感情は真っ黒な悪意だ。

 傷つけてやりたいと思って吐き出した凶器だ。

「はっ、ぁ…っ、……」

 馬鹿にされたことに対する純粋な怒りは途中から消えていた。

 涼一のことも含め、人を何だと思っているんだという憤りは、最後には影も形もなかった。

 ……強くなろうと決めたのに。

「りょ、いち…っ」

 会いたい。涼一に会いたい。

 あの優しい笑顔を見て、大丈夫だと思いたい。

 自分は弱くなってなんかいないんだって…、

「――つッ…!!?」

「うわっ!!?」

 頼りない足で走ったまま美術室へと繋がる最後の角を曲がった時、向こうから来た誰かと思い切りぶつかった。

 踏ん張る力など少しも残っていなかった俺は車に撥ねられたように後ろに飛ばされ、廊下の冷たい床に転がる。

 何とか保っていた意識はその衝撃で一気に消えそうになり、ふと視線を上げた先で見えたのは、

「香先輩!!??」

 目を見開いている柳佳寿也だった。





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