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キス魔笑顔だ。15



 全身で後悔を叫びながら泣き崩れた涼一を見た時、強くなりたいと思った。

 自然と浮かぶ清々しい笑みを見た時、強くなろうと決めた。


 もう二度と、自分の弱さに泣くことなど無いように。

 大好きな涼一に、いつでも頼ってもらえるように。





キス魔笑顔だ。




「…ッ、はっ……、はぁ‥」

 体育で持久走をしたように心臓が痛い。

 慣れない行為をした手が痛い。足が痛い。

 というか痛まないところなんかない。

 身体中がギシギシのガタガタだ。

「……くそっ…、…」

 床に転がった格好から何とか上体を起こして、窓際の壁に背を預ける。

 汗を吸った所為で肌に張り付く髪が気持ち悪くてぞんざいに掻き上げると、投げ出した足の僅か数十センチ先にうつ伏せで倒れている男の姿が目に映った。

 誰、って。

 当然、俺をこんな埃っぽい所に連れ込んだ焦茶頭だ。

 貧弱な俺が反撃らしい反撃をするとは夢にも思っていなかったのか、出来る限りの反動をつけた膝はがら空きの脇腹にすんなり入り、拘束力の弱まった腕を振り解いて抜け出した後、立ち上がった焦茶頭の頬に右フックを打ち込んで、最後は鳩尾に膝。

 両肩をしっかり掴んで狙いを定めたから、体躯のいい焦茶頭も呻き声と共に気を失った。

「はー‥、っ……」

 あの時は―――初めて火事場の馬鹿力が出た時は、俺も気を失った。

 というか、目を覚ました時に映像としてその事実を覚えていただけで、実際に相手を殴ったり蹴ったりしている時は意識がなく、生々しい感覚もなかった。

 今回意識が残ったままだったのは、二回目だからなのか、それとも理性を無くした理由が前回と同じようでいて違うからか…。

 いずれにせよ、元気に動ける状態じゃないことは確かだ。

 前回と同様に後日くるであろう、ベッドから起き上がれないくらいの尋常じゃない筋肉痛を思うと一気に動く気力がなくなる。

 …が、いつまでもここで休んでいるわけにはいかない。

 焦茶頭が起きたら今度こそヤられるぞ!、と既に悲鳴を上げている身体を叱責し、何とか壁伝いに立ち上がった時、何処からか煩い足音が聞こえてきた。

「………近く‥なってきて、る?」

 途轍もなく嫌な予感に襲われながらも、頼りない足取りでドアへと向かう。

 ――美術室に行ったら何て言おう。

 涼一に、何て言おう。

 釦が飛んだワイシャツは無理矢理引き裂かれたのが丸分かりだし、埃だらけの床で暴れた所為で制服は汚れてるし。

 噛まれた首の付け根は血が固まって酷いことになってるだろうし、頬には殴られた痣が出来てるだろうし。

 ……眼鏡かけてないし。

 殴られた衝撃で吹っ飛んだ眼鏡のレンズは割れ落ちてこそいなかったけれど、誰が見てもかけるのは危ないと思うほど、見事に大きな罅が入っていた。

 多分、床に転がる前に金属製の硬いキャビネットにぶつかったんだろう。

 眼科医に普段から眼鏡をかけた方がいいと勧められるほど視力が悪いわけじゃないから別に問題はないんだが、裸眼でいることが襲われた結果であれば、問題大有りだ。

 とは言っても、この格好を見れば誰だって襲われたと気づくはずだから、綺麗な眼鏡をかけていても意味はないのか…。

 溜息を吐きつつ、内ポケットに仕舞い込んだ崩壊寸前の眼鏡をブレザーの上からそっと押さえた俺は、ドタバタと近づいてくる人物とぶつからないようにドアの手前で足を止めた。


「――――、篠原…」

「っ?! 篠原くん…」

 予想通り。

 そう言えるほどはっきりとした予想を持っていたわけではないけれど、教師すら日常的に立ち寄ることの無い埃だらけの資料室をこのタイミングで訪れる人間がいるとすれば、それは焦茶頭と一緒にいた洋風美人と、二人の台詞に数回出てきた「ハル」という人物だろうと思っていた。

 だから、ガラリと開いたドアから先に姿を現した黒髪の男が、俺と涼一のことを調べて焦茶頭に「尋常じゃない」と伝えた「ハル」だとわかった。

「……………」

 焦茶頭と同じくらいの身長に、胸の辺りまで伸びた漆黒の髪。

 手の届く距離に立っていた俺の姿を見て僅かに目を大きくしながらも、見下すような冷たい色が戸惑うことはない。

 ――この人と会うのは初めてだったけど、その冷めた双眸を見れば、どんな考えで俺と涼一の関係を尋常じゃないと表現したのかが、何となく、わかって。

「‥っ、触んな!」

「…、…」

 無言のまま伸ばされた男の手を払い除けた。

 役に立たないワイシャツの代わりにブレザーの釦を閉めて露になっている肌を隠そうとしたんだ、って。

 そんなことはわかってる。

 コイツも俺を襲う気だとか、自意識過剰な考えはもってない。

 でも、だけど。感情の伴わない事務的な行為なんて、要らない。

「…馬鹿にするのもいい加減にしろよ」

 こうなることを――俺が焦茶頭に襲われるかもしれないことを、知っていたくせに。

 知っていて、何もしなかったくせに。

 最悪の事態になっていた場合、恐らく全てが終わっていたであろう時間にやって来て、見るに耐えない格好をしている俺の服を直そうとするなんて。

「人を何だと思ってるんだ」

 こんな状況になってまで気づかないほど、俺は馬鹿じゃない。

 一学年の廊下で洋風美人と焦茶頭に会ったのも、本来鍵が閉まっているはずの資料室に連れ込まれたのも、全部アンタらの仕組んだことなんだろ?

 どんな手で日本史と世界史の先生に協力させたのかは知らないけど。

 焦茶頭の台詞から察するに、アンタはこの学園にいる人間の様々な情報を持っていて、掴んだ情報で脅すか何かしたんだろ?

 その冷めた目で全ての物事にどうでもいいと公言しながら、僅かな罪悪感を抱くことも無く、決められたマニュアルをこなすように淡々と、俺に用事を頼むように言ったんだろ?


 ……ふざけるのも大概にしてくれよ。


「アンタにとってはどうでもいいことでも、巻き込まれた人間にとってはどうでもいいことなんかじゃないんだよ!!」





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