※暴力流血表現※ 「そろそろ見せろよ」 精悍な顔立ちと焦茶色の髪。 薄暗い部屋の中でもよく見えるそれは、僕が望んだものでは決してない。 キス魔笑顔だ。 というか、何なんだ、この焦茶頭は。 先生に頼まれて教科室に向かっていたところを突然この教室に引っ張り込まれた僕に――訳もわからず押し倒されて後頭部と背骨と肩甲骨をぶつけた僕に、何の謝罪も説明もなく、「見せろよ」? ……何度でも言う。 何 様 の つ も り だ 。 昼休みだけでなく放課後まで偉そうに振舞うのか。 いや、単純に一日中偉ぶってるのか。 クラスメイトはさぞかし大変だろうな。 顔だけはいいから、何を言われても喜んでそうだけど。 一種のハーレム状態だったりして………、最高に笑えない。 ちょっと想像しただけで妙にリアルな場景が浮かんでしまった。 どうしてここまで自分勝手になれるんだろうか。 美形を崇める校風の所為もあるんだろうけど、この何様ぶりは元々の性格も大いに関係しているように思えてならない。 たとえ公立の共学校に入学していたとしても、焦茶頭は自分中心に世界を回していただろう。 本当、涼一とはえらい違いだ。 涼一ならいきなり引っ張り込んで押し倒すなんて乱暴な真似はしないし、自分の都合だけを相手に押し付けるようなこともしない。 第一、「そろそろ見せろよ」って言われても、何のことだかさっぱりだ。 この焦茶頭と言葉を交わしたのは金曜の昼休みが初めてで、しかもその一回だけ。 こうして無理矢理顔を合わせさせられるまで、何の接触もしていない。 授業とか部活とか委員会とか、日常生活でお互いの氏名を目にする機会もない。 だから催促されるようなことは何もないはずだ。 「四之宮はそんなにイイのか?」 「‥は?」 何の脈絡もなく告げられた台詞に、眉を顰める。 涼一はいいのか、って。どういう意味だ。 確かに涼一は嫉妬する気もおきないくらい良い人間だけど、言い方が変というか、ニュアンスが何か違う。 焦茶頭の訊き方だと、『私よりもその人の方がいいって言うの!?』みたいな。 …「そろそろ見せろよ」発言と繋がってるのか?? わけがわからないと見つめ返す僕の両肩を押さえつけたまま、焦茶頭は更に脈絡のない事を言う。 「お前もヤッてんだろ?」 「………」 脈絡がないというか、質問の意図が見えない。 国語が苦手なのか? それとも、自分の言いたいことを相手がわかってるのは当然だ、とか? ただでさえ難しいんだから、日本語はもっと丁寧に遣って欲しい。 「ハルから聞いたぜ? お前と四之宮の関係は尋常じゃねぇ、ってな」 「……………」 誰かこの人に日本語を一から教えてやってくれ。 それが嫌なら僕にこの人専用の翻訳機をくれ。 何が言いたいのかさっぱりわからない。 ハルって名前は金曜も聞いた気がするけど誰だか知らないし、僕と涼一の関係が尋常じゃないって、何だそれ。 「ククッ。信頼関係の深さは肉体関係の深さか?」 「……、は?」 口許を歪めて酷薄に笑う焦茶頭。 僕は見上げた場所にあるその口から落ちてきた言葉の意味を理解して、呆気にとられた。 思わず普段より高い声が出て、眉間の皺も消える。 ――肉体関係。 その言葉に、つい先程まで意味がわからなかった焦茶頭の質問が、一つに繋がる。 訊かない方がいいと頭のどこかでわかっていたけれど、僕の口からは言葉が漏れて行った。 「なん、だって…?」 「カマトトぶんじゃねぇよ。お前、四之宮とセックスしてんだろ?」 「ふざけんなっ!!!」 一瞬で頭に血が上る。 叫ぶと同時に、僕は右腕を振り上げていた。 「そんなことしてない!!」 「ってぇな。図星だからって殴んじゃねぇよ」 「ッ、」 左頬をとらえた右腕を掴まれ、鳩尾に膝を入れられる。 それでも、怒りの所為で痛みなんて殆ど感じなかった。 「僕と涼一はそんな関係じゃない!」 「嘘つくんじゃねぇよ。セフレなんだろ?」 セ フ レ 。 最も聞きたくない単語に、あの時の記憶が僅かに蘇ってくる。 「‥っ、違う!!」 「ハンッ。セフレじゃないなら何だってんだ? ハルから聞いて、俺も思ったぜ? コイツら、絶対ぇただの親友同士じゃねぇ、ってな」 「――わかるわけないだろ……っ、」 冗談じゃない。 冗談じゃ、ない。 「下劣な考え方しか出来ないアンタらにわかって堪るかっ!」 外見だけに騒いで、外見だけに惚れて、外見だけに価値を見出して。 自分たちの崇拝する者に少しでも関わった者は、即座に排除する。 そんな繋がりの薄い環境で育った奴等に、言葉だけで繋がってる内面を見ようともしない奴等に、僕と涼一の何がわかるって言うんだ。 理解出来ないのならそれでいい。 ただの親友同士に思えないのならそれでいい。 ――――でも。 「涼一を穢すな!!!」 『セフレ』なんて表現は許さない。 NEXT * CHAP |