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キス魔笑顔だ。11.5



 静かな校舎内に響きながら徐々に遠ざかっていく、一つの足音。

「―――――」

「―――――」

 ポツンと廊下に残されたのは、会話とも呼べない会話を一方的に終わりにさせられた、美形二人組み。





キス魔笑顔だ。




「―――っ、はは!」

 唖然というか、呆然というか。

 引き止めるタイミングすら掴めずにただ突っ立っていた美形二人組みの片割れ、ユキこと笠野雪斗(カサノユキト)は、我慢出来ないという風に噴出した。

「あはははは!」

 その麗しい容貌が与える繊細なイメージを粉々に打ち砕くように片手を引き攣る腹部にあて、もう片方の手で傍らに立つ強面の美形、柳志寿也の肩をバシバシ叩く。

「っ、志寿也と、佳寿也くんが、こ、こい‥ぷっ、はは!」

「笑ってんじゃねぇよ」

「だって、こ、こい…、恋人……っ、」

 乱暴に手を払い除けた志寿也は憎々しげに顔を歪めているが、声を震わせながら雪斗は思う。

 笑うなというのは無理な注文だ――と。

 だって、面白い。面白過ぎる。

 志寿也と佳寿也が恋人同士、なんて。

 十何年も傍にいる雪斗は冗談でもたてたことがない、実に大胆な仮説だ。

 何処をどう捻じ曲げれば二人が恋人関係にあるという恐ろしい結論に辿り着けるのか、未知の領域過ぎて想像すら出来ない。

 最初から可能性すら皆無だとわかっている所為なのかも知れないが、もう一人の幼馴染であるハルもきっと同じだろう。

 若し叶うのなら、心底信じられないという顔をした時の彼の頭の中を是非見せて貰いたい。

 本人が至って真面目であっても、その有り得なさに再び大笑いする自信がある。

 ――けれど何より面白く興味深いと思ったのは、恋人発言をした彼自身だ。

 学園内でも抜群の人気を誇る自分たちを見た瞬間に眉を顰め、強面の志寿也に臆することもなく、それどころか挑発するように慇懃無礼な態度をとり。

 他者を突き放す冷たい性格なのかと思えば、意外にも押しに弱いところがあり、感情をそのまま吐露する素直さもあって……。

 彼のような人間は見たことがない。

 今まで多くの他者と関わってきたけれど、自分が知る他の誰とも違う。

 高等部からの外部生だから、という単純な理由だけでは片付けられない不思議なものが、彼にはあった。

「他人の為に真剣に叫んで……。かわいいなあ、篠原くん」

 最後の焦った表情なんか最高にかわいかった、と雪斗は上品な口許に緩やかな弧を描く。

 正直、ハルから篠原香という生徒についての話を聞いた時には、興味など大して沸かなかった。

 次席をキープ出来る頭脳を除けば、どこにでもいるような極普通の少年。

 会いに行くと言う志寿也について来た理由だって、「ただ何となく」だ。

 元々興味があったのは佳寿也が同性に告白したという事実で、相手自身ではない。

 けれど、他者から齎される情報と実際に自分が接する実物とでは抱く印象に大きな差があり、触れられる距離で感じた彼はどう見ても『極普通』ではなかった。

「ねえ、志寿也……、あれ‥?」

 閉鎖的と言うほど外界との関わりを断たれているわけではないが、全寮制という空間に入れば自ら積極的に出て行こうとしない限り、多かれ少なかれ学園の持つ色に染まってしまう。

 だから内面を無視し整った外見だけに騒ぐ校風を当たり前に受け入れている自分たちにとって、何の躊躇もなく顔立ちの良さなど意味を持たないと言った彼は『異色』であり、そして『特別』な存在だ。

 佳寿也が心を惹かれたのも、普段は四之宮の引き立て役としてしか認識されていない彼の隠れていた部分を見たからなのだろうか…。

 そう思った雪斗は問いかけようと顔を上げ、志寿也がいないことに気付く。

「…………置いてきぼり?」

 昼食を終えた生徒たちが戻ってきているのか、階下から足音や話し声が響いてきたけれど、雪斗の呟きに返ってくる言葉はなかった。















『――――はお前の指示通りにするそうだ』

「馬鹿のせくに賢明だな」

『…志寿也、問題は起こすなよ』

「ハッ、よく言うぜ。本当にそう思ってる人間は協力なんてしねぇんだよ」

『………篠原は同性愛者じゃない』

「言い切れるのか? 人間、一皮剥けば同じだぜ?」

 一学年の廊下に雪斗を置き去りにした志寿也は、携帯電話の向こう側にいるハルに向かって残酷な笑みを浮かべた。





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