詳しく言うなら、この人達が探しているのは『柳佳寿也に告白された次席のシノ●●コウ』という人物なんだろう。 そしてそれは疑う余地もなく、僕のことだ。 けれど、僕には二人の話しに付き合わなきゃならない義務なんてない。 だって、僕はただの『僕』であって、 「失礼します」 『柳佳寿也に告白された次席のシノ●●コウ』という長ったらしい名札はつけてないんだから。 キス魔笑顔だ。 「ふむ、なるほど。確かに、言われてみればその通りかもしれないなあ」 「…あの、」 「でもさ、折角会えたんだし、ちょっとだけ僕らに付き合ってよ。ね?」 ね? って。 僕相手に可愛く首を傾げても何の意味もありませんよ、っていうか、折角も何も僕はアンタたちの存在すら知りたくなかったんですけど。 涼一とゼンちゃん以外の美形なんか視界に入れずに、平穏な学園生活を送りたかったんですけど。 何処でも誰にでも整った容貌が好まれると思ったら 大 間 違 い で す よ 。 「ほんと、ちょっとだけでいいからさ」 繊細な見かけによらず強引なのか、慇懃無礼に頭を下げて立ち去ろうとした僕の腕をしっかりと掴んで放さない、洋風美人。 拒否を許さない雰囲気を垂れ流しつつも、にこにこという人の良さそうな笑みの後ろに黒い影が見えないのが逆に恐ろしい。 ……こっちが実力行使に出るとは思わなかった。 絶対、性格の悪さが顔に滲んでる焦茶頭の方だと思ってたのに。 …くそ。 自分の浅はかさを恨んでみても、運動神経が良くない僕は逃げようがない。 焦茶頭は明らかに何かのスポーツをやっている体躯だし、僕の腕を掴んでいる洋風美人も意外と筋肉がついているから、全力で走ってもすぐに追いつかれるだろう。 第一、そんな目立つことをしたら一気に注目を浴びてしまう。 僕は腕から力を抜くと同時に溜め息をついた。 「――わかりました」 まったく、どうしてこう、タイミングが悪いんだろう。 柳に会わずに済んだと思ったら、一学年の教室方面にある社会科教科室への荷物運びを頼まれて。 騒がれずに済んだと思ったら、存在すら知らずにいたいと思うような美形二人組みに捕まって。 ……厄日か、今日は。 「付き合いますから、手、放して下さい」 「っ、ああ、ごめんね。‥痛かった?」 「フンッ。勉強命の次席様は見た目通りの貧弱さか」 勝手に決め付け、鼻で笑う焦茶頭。 ……ブン殴ってもいいだろうか。 僕はまだ痛いとも痛くないとも答えてないし、筋肉がなくて貧弱なのは認めてもいいが、勉強命だと言った覚えはない。 「志寿也、失礼なこと言わないの! …ごめんね、篠原くん。志寿也ってば、愛しの佳寿也くんが同性に告白したもんだから、いつも以上に口が悪くって」 「――――――」 い と し の か ず や く ん 。 ‥僕としたことが、気持ちの悪い表現に脳内変換が上手くいかなかった。 防衛本能か何なのか、停止した脳細胞に改めて変換の指令を出す。 ――――いとしのかずやくん = 愛しの佳寿也くん ……今、洋風美人は、『愛しの佳寿也くん』って言ったのか? 「何が愛しの、だ。気持ち悪ぃこと言うんじゃねぇよ、クソユキ」 聞き間違いだと思いたかったが、嬉しくないことに焦茶頭も僕と同じことを思っていたらしく、僕の聴覚が仕事をサボったという可能性は消されてしまった。 つまり、表現の仕方が不適切だと言うだけで否定はしない焦茶頭にとって、柳佳寿也が愛しい存在であるというのは事実なわけで……。 「‥アンタ、まさか………」 行き着いた答えに、僕は半ば呆然と呟く。 …嘘だ。嘘だろ? 嘘だよな? 誰か嘘だと言ってくれ。誰か思い違いだと言ってくれ。 信じられない。むしろ有り得ない。 「ったく、やっとかよ…。これだから馬鹿は――――」 「馬鹿はアンタだろうがっ!!」 「あ゛?」 「へ?」 「恋人をほったらかしにするなんて、何考えてるんだ!!!」 「「…はぁ?!」」 怒鳴った僕の眼前で二つの端整な顔がこれでもかと言う程に歪んだが、そんなことは気にならない。 むしろ僕がこの手でぐっちゃぐちゃに崩してやりたいくらいだ。 柳が馬鹿みたいに僕に付き纏っていた時、一度も視界を掠めなかった恋人であるはずの焦茶頭は、一体どこで何をしていたと言うのか。 「アンタたちの事情なんて何も知らない。けどな!」 ――微塵も関わりのない、本当に赤の他人である僕を色恋沙汰というくだらない問題に巻き込むなんて。 ――恋人間のすれ違い如きで、僕の平穏だった学園生活を滅茶苦茶にするなんて。 「自分たちの問題に見ず知らずの人間を巻き込むなッ!!!」 『僕』という人間を馬鹿にするにも程がある。 NEXT * CHAP |