直球で馬鹿素直な忠犬の後輩×プライドが高いのに思考回路が不思議な先輩のお話。 外界からそれほど隔離されているわけではない、山の麓に建つ全寮制の男子校。 入学した当初は初等部からの持ち上がり組みが多い中で上手くやっていけるかどうか不安だったけど、特に困ったこともなく二年に進級することが出来た。 同性愛者が多くても僕には関係ないことだから、今年も何事もなく過ぎていくんだろう…。 「―――……は?」 そんなことを思った矢先だった。 僕の平凡になるはずだったこれからの学園生活を粉々に打ち砕く出来事が起こったのは。 キス魔笑顔だ。 殆どの部活動が終了した、午後六時四十分。 辺りはもう暗くなっているが、遅くまでグラウンドを使う運動部の為に大きなライトが設置されているお蔭で、人も物もよく見える。 僕はそのライトによって上手い具合に照らし出されている桜を見ながら寮へ向かう帰り道、唐突過ぎる襲撃に足を止め、呆然と相手に問いかけた。 「今、何て言った…?」 好きです、とか。 付き合って下さい、とか。 恐ろしい言葉が聞こえたのは、僕の気のせいだよな? うん、そうに違いない。 この僕に告白するなんて、そんな物好きは世界中を探したっているはずないんだから。 いやだなあ、今まで春ボケにも五月病にも縁がなかったのに。 春の桜が人の心を惑わすってのは本当のことだったのか……。 僕の場合、惑わされたのは聴覚だけど。 それとも、人間って夕方になると判断力が鈍るだけじゃなくて、聴覚まで鈍るんだろうか? 案外いい加減なつくりなんだな、ホモサピエンスって…。 まあ、いずれにせよ、僕がきちんと聞いてなかったってことだ。 とりあえず、名前を訊こう。 最初に僕の名前を傍迷惑なくらいの大声で叫ばれたけど、僕は目の前に立つ後輩を知らないんだし。 「キミ、名前は?」 「あっ、すみません! サッカー部一年、柳佳寿也です!!」 ヤナギカズヤ。 うーん……やっぱり、顔にも名前にも覚えはない。 まだ四月だし、高等部からこの学園に入ってきた僕には一つ下との交流なんてないんだけどなあ。 一体何の用で僕を呼び止めたんだろう? それと、部活動は十分近く前に終わってるはずなのに、片付けの手を止めたサッカー部員がフェンス越しに僕らを注視してるのは何で? 早く片付けと着替えを済ませて寮に帰ればいいのに。 …あ、もしかして、一年のくせに片付けの途中で他人に話しかけんじゃねーよこの野郎!、とか思ってるのか? うわ、運動部でそれってヤバイんじゃないの? 「ええと、柳は片付けの途中じゃないのか?」 「えっ、ぁあッ!」 フェンス越しにサッカー部員を見た僕に倣い、停止している数十名に気付いた柳は、「先輩! すみません!! すぐ行きます!!」と大きな声で叫んだ。 ……部活の片付けを忘れるほど大事な用だったのか? 聞き間違えて悪いことしたな…。 「ごめん。それで、さっき何て言ったんだ? 急ぎの用事?」 素直に謝ると、柳は心なしか表情を引き締めて僕に向き直った。 何故か一度深呼吸し、ライトの所為か妙に熱っぽく見える双眸で僕を見下ろして――…。 「篠原香(シノハラコウ)先輩、貴方が好きです。俺と付き合って下さい!!」 グラウンド中に響き渡る大声で二発目の爆弾を投下させた。 NEXT * CHAP |