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day color 3/4





 廊下を進んだ千早は部屋の外から零音の準備が整ったことを確認すると、零音にテーブルの準備を、百音に十夜の部屋にいる四男を起こすように頼み、自分は自室――問題の長男と使用している部屋に入って行く。

 勿論ノックなどしない。必要ないからだ。

 室内にはベッドと机とクローゼットがそれぞれ二つずつ置かれている為、それなりの圧迫感がある。

 お金のない学生寮といった感じだろう。

 千早は太陽の光りと新鮮な空気を得る為にまずカーテンと窓を開けた。

「んー、今日もいー天気だな………」

 もうじき梅雨の季節、六月に突入するが、空はまだまだ青く晴れ渡っている。

 近隣のマンションや一軒家のベランダにはいくつか布団が干されており、その家に住む女性の素晴らしさを物語っていた。

 清々しい陽気に伸びをした千早は、日本のお母さんの魅力などコイツには一生わかるまい、とベッドの住人に近寄る。

 程よく焼けた小麦色の肌。

 無駄なく筋肉がついている均整のとれた体躯。

 千早や十夜と同じ栗色の髪を肩まで伸ばしている男は、大きな身体を猫のように丸め、毛布を抱きしめながらそれはそれは気持ち良さそうに眠っている。

「……くかー……」

 だが、その可愛らしい姿を見て浮かんでくるのは勿論柔らかな笑みなどではなく、底冷えするような作った笑顔だ。

「起きろ」

 万里(バンリ)、二十一歳、フリーター。

「……すぴー……」

 女やギャンブルに金を遣わないだけマシだが、寝てばかりで一月の稼ぎが十万にも満たない。

「起きろ、って…」

 そんな、ちっとも頼りにならない陸海家長男の脇腹に向かって、誰よりも苦労している次男の千早は踵を振り下ろした。

「――言ってんだろう、が!!」

「ぐげふぉっ!!??」

 どごっ、という衝撃音とは別にめりっ、という危ない音が響くが、あまりの痛さに口から飛び出た悲鳴がそれを掻き消してしまう。

 文字通りベッドの上で跳ね起きた万里は激痛を訴える右の脇腹を抱きこむように身体を折り曲げると、そのまま陸に上げられた魚のようにピクピクと小刻みな動きを繰り返す。

「…っ、……、‥ッ」

「おはよう。目が覚めたかい? マリ男くん」

「…、…っ…、……」

「ほら、窓の外を見てご覧? いい天気だよ? こんな日は仕事日和だよねえ?」

「……ち、…はや、さん………ちょっと、乱暴すぎやしませんか……」

 ようやく喋れるようになったのか、未だにズキズキと痛む脇腹を庇いながら顔を上げた万里は、傍に堂々と立っている犯罪者一歩手前の弟を見上げる。

 俺じゃなかったら死んでるよこれ…と泣き声交じりに漏らすが、やはりと言うか何と言うか、返ってきた言葉は途轍もなく冷たかった。

「あら、それは残念。寝れば寝るだけマリ男くんの身体は頑丈になるんだね。半年くらい眠り続けたら、材木商に買い取ってもらえるのかな?」

「……………」

 自分が駄目な長男だということは自覚しているが、何だかんだで優しい次男は最初からこんな態度をとったりはしない。

 どうやら自分が起きる前に既に何かがあったらしいと、すっかり覚めてしまった頭で理解した万里は、ベッドの上で土下座した。

「すみませんでした」

 こんな時は素直に謝るに限る。

 下手に反抗したり同情を誘うような言動をすれば、容赦なく一日のご飯が去っていくのだ。

 睡眠と食事をとらなければ生きていけない万里にプライドなんぞはない。

「……ったく。全員分の布団をベランダに干すこと。んで、日が陰る前にとりこむこと。わかった?」

「わかりました」

「よし」

 土下座の姿勢のまま返事をした万里の寝癖だらけの髪をぽむぽむ撫で、千早は部屋を出て行いった。

 エプロンをしていないし卵の匂いもなかったからきっとこれから朝食を作るのだろうと、ひょろっとした背中を黙って見送った万里は、思い出したように痛みの走る脇腹に呻き、ちょっとは手加減してくれと切に願う。

 中々起きない万里の所為か、一見細身の千早の一撃は日に日に威力を増しており、まさに一撃必殺。

 自分の筋力が増えていることに気付かずに足を振り下ろされては堪らない。

 万里が規則正しい生活を送れば、根の優しい千早が好き好んで暴挙に出ることはないのだが。

「うわー……」

 タンクトップの裾を恐る恐る捲くって見ると、案の定、そこにはピンポン玉大の痣ができていた。

 ちょん、と指先で触れただけでもズキッという鋭い痛みが走る。

「ッ、………こりゃ一週間は消えないな…」

「あ…。兄貴、起きたんだ‥」

 千早が開けたままにしていったドアから聞こえてきた声に顔を上げると、少しばかり息を乱している十夜がいた。

 白い額には薄っすらと汗が浮かんでおり、自分が起きる前に一体何が起きたのだと、万里は首を傾げる。

「トーヤ…何があったんだ?」

「あ゛ー、………」

「お前ら、朝の挨拶くらいしろよ」

 どう説明したらいいのかと、視線を彷徨わせていた十夜の横に呆れ顔の千早が現れる。

「! チーちゃん」

「チハヤ?」

 エプロン姿で部屋に戻ってきた千早は十夜の脇をすり抜けて万里の前までやって来ると、ベッドに座ったまま自分を見上げてくる万里の頭に白いものペチリと置いた。

 露出している額に触れたそれは冷たく、葉書ほどの大きさがあり、独特のにおいを放っている。

 万里は持ち上げた右手で馬鹿みたいに湿布を押さえた。

「しっぷ」

「ちゃんと脇腹にはっとけよ」

「……うん」

 どこか色っぽさの滲む万里の眼差しに気付くことも無く、さっさと振り返った千早はドアの前に突っ立っている十夜に指示を飛ばす。

「トーヤ、お手伝い。カモン」

「げっ!」

「げ、とは何だ。げ、とは。サラダの野菜くらい洗えるだろ」

「‥はーい」

 立ち止まらずにすたすたとキッチンへ向かう千早の姿は既に視界に映らず、やる気皆無の返事をした十夜は部屋を出る前に万里に不満気な視線を送った。

「自業自得のクセに」

「俺、チーに愛されてるから」

 十夜が何に対して腹を立てているのか、考えるまでもなくわかっている万里は、十夜を煽るように湿布に軽く口付けてみせる。

「寝言は寝て言え!」





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