神様に祈るより、 「ドタドタ走るなバカタカ! 下の住人から苦情がくるだろうが!」 「ッ、ひどい! バカタカじゃなくてユタカだってば! 勇鷹って呼んでよ!!」 寝室兼仕事部屋のドアを開けて怒鳴ると、リビングで喚いていた勇鷹は目の前に飛んで来て眉をハの字にした。 百九十近い男がそんな顔しても気持ち悪いだけだ、っつーか、至近距離で見下ろすんじゃねえ。 首が痛ぇんだよ。 「六歳も年上のオレを呼び捨てにする奴なんかバカタカで十分だ!」 二種類の怒りを原動力に腕を振り上げ、デコを引っ叩く。 「イタッ……うう…、フユキさん」 「きもい」 「ええっ!? フユキが呼び捨てにするなって、」 「普通に呼べ。馬鹿っぽい口調で呼ぶな」 「そ、そんなこと言ったって…っ、あ゛あ゛!! もうこんな時間!! どうしようっ?! フユキ、レポート手伝って!!」 肩を掴もうと伸びてきた手を容赦なく叩き落す。 「補欠入学者は補欠入学者らしく、適当に補欠入学者っぽく書いておけばいいだろう」 「連呼しないでよっ! ちゃんと進級できたんだから!!」 「だったら課題ぐらい前日までに終わらせておけ」 「‥だ、だって、むずかしくて…お願いっ、手伝って!!」 「ふざけんな。オレはてめぇの所為で仕事が終わってねえんだよ」 元々余裕をもってやっているから問題はないが、突然現れたコイツの所為で予定を狂わされたのが気に食わない。 そもそも転がり込んできた初日にオレの邪魔をしないことを約束させたのに、何で思いっきり邪魔されてるオレが張本人のレポートを手伝わなきゃなんねえんだ。 冗談じゃねえっつーの。 「っ、か、帰って来たら手伝うから!」 「機械音痴のてめぇに出来る仕事なんてあるわけねえだろ」 あったとしてもやらせねえけどな。 「…ご、ごめんなさい……」 「オレに頼む暇があったら友達にその軽い頭下げて見せてもらえ」 すっかり飲む気の失せたホットコーヒーをアイスティーにかえようと部屋の中に戻れば、タイミングよくというかなんというか、ベッドに放置したままの携帯電話が着信を告げた。 仕事用だから登録する毎に曲を選ぶなんて面倒なことはしていないが、セフレの有純と友人兼仕事仲間の一人だけはすぐにわかるように設定してある。 …バカズミだったら全力で無視してやるのに。 苛々を少しでも逃がす為に肺の底から息を吐き、カップをとろうとした手でカラフルに点灯する物体を掴む。 端から親指を滑り込ませてボタンを押すと、高くも低くもなく、そして感情の窺えない声が聞こえた。 『‥寝てた?』 「ばっちり起きてる。何の用だ?」 『今週の木曜日の夕方、空いてるか?』 「多分…、いや、空いてる。意地でも空ける。これ以上アイツに邪魔はさせねえ」 『は?』 「何でもない。木曜の夕方って小学校中学年のレッスンだろ? 四時からでいいのか?」 『ああ、四時から六時まで頼む。……ユキ、久しぶりに美香ママのバーで飲もう。その日はおれも入ってるから』 携帯を肩で押さえてスケジュール帳に予定を書き込んでいると、心なしか優しい声が鼓膜を震わせた。 美香さんに「不思議っ子」と命名されたノリトは事実、思考回路というか考え方が変わっていて、いつも涼しい顔をしている。 時々、ただ鈍感なだけじゃねえのかコイツ、と思うが、普段は一人でゆったり飲みに行く奴だ。 …金剛入りの不思議っ子に気遣われるなんてな。 ノリトが優しいのは初めて会った時から知ってるけど。 「ツマヨウジには男と二人で飲むって言っとけよ」 『ああ、ヨージにはユキと飲むから夕飯は作らなくていいって言っとく』 ……まあ、知らない男でも知ってるオレでも、ツマヨウジが嫉妬することには変わりねえか。 ノリトは気付いてないみたいだけど。やっぱり鈍感だコイツ。 『じゃあ、木曜日に』 「ああ」 通話を終えると同時にベッドに倒れこみ、身体を丸める。 「…アイツら、去年一回別れたくせにラブラブだな」 目を閉じて、壁の向こうから聞こえた「いってきまーす!」という大声を無視した。 NEXT * CHAP |