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皐月の憂鬱。1/2

神様に祈るより、


 長袖一枚で過ごせる爽やかな朝だと言うのに、携帯電話からは不満気な声が響く。

『え゛ー、会えないのかよ。今日オフだって言ってたじゃん』

「仕事が押してんだよ」

 カチ 、 カチ 、

『え、まだ終わってないの? 計画通りにいかないなんて、那季(フユキ)らしくない! 風邪でもひいた??』

「違ぇよ。あの馬鹿の所為だ」

 カチ 、 カチ 、

『‥あの馬鹿、って、誰だっけ??』

「…有純(アズミ)、てめぇ朝っぱらから飲んでんのか」

 もう九時を回っているから早朝とは言えないが、それでも飲むには早すぎる。

 低い声を出したオレに、有純は正反対の明るく高い声で答えた。

『えー、飲んでないよー? 素面素面! ちょー素面!』

「じゃあボケたのか。一週間前に送ったメールを見てみろ」

『一週間前?? って、電話してたら見れないよー』

 ああ、そうだ、その通りだ。

 酔っ払いに婉曲な表現が通じるわけないって当たり前のことを忘れていた。

「切るぞ」

『やだ!』

「やだじゃねえよ。こっちは仕事してんだよ」

『ちょっとくらい付き合ってくれたっていいじゃん。俺、今日は那季に会えると思ってバイト休みにしたんだぞ!』

「知るか。てめぇが勝手にしたことだろ。オフとは言ったが会えるとは言ってねえよ」

 騒ぎ出した有純の文句を軽く流し、マウスで作業を再開する。

『那季酷い……泣いちゃうよ‥?』

 カチ 、 カチ 、 カチ 、 カチ 、

『無視ですか?! ひーどーいー! ベッドの中ではすっげぇエロ可愛いくせに!!』


 ―― ガ ヂ 、


『とろっとろに蕩けてもっとってねだるくせに!!』

 朝から酒を飲む理由を知っている。

 飲んでるくせに「飲んでない」と嘘をつく理由を知っている。

 だから切ると言いながらも切らなかった。けど。

 黴臭い仏心なんて押入れから無理矢理引っ張り出してくるもんじゃねえな。

『背中舐めたらいい声で――――』

「脳味噌の洗濯でもしとけバカズミ!!」

 携帯電話を軋むほど握り締め、ボタンを押す。

 そのまま壁に向かって投げつけたくなったが仕事用のこれを壊すわけにはいかないと理性で抑え込み、盛大に舌打ちをしてからベッドに投げ捨てた。

 ああっ、くそ、むかつく!!

 柔らかいベッドの上でぽんと跳ねた携帯電話を見たら余計に腹が立って、こんな精神状態じゃ仕事を続けられないと思った俺は気持ちを静める為にコーヒーカップに手を伸ばした。


 そして、



「ぎゃぁあああっ、寝坊した!! フユキ! フユキっ! 七時半に起こしてって言ったじゃん!! ばかっ!!」



 乱暴に開かれたドアの音と耳障りな叫びに、コーヒーをぶちまけたくなった。


「どうしようどうしようどうしようっ!!? レポートまだ終わってないよ! 遅刻する! 遅刻する!!」

 オレは高校を出て以来、一人暮らしをしている。

 アルバイトで生計をたてていた大学時代はアパートだったが、社会人として働いている今はマンション住まいだ。

 勿論、同居人はいない。

 …いなかった、一週間前までは。

「あの先生厳しいんだって! めっさ怖いんだって! レポート終わってないまま出したら‥ぁああぁあっ、単位!!」

 自分でも短気な方だと思うし、人や物に対して好き嫌いが激しいこともわかっている。

 でも、こういう煩くて喧しい奴ってのは、よっぽどのお人よしか無気力無関心無表情の三拍子揃った奴じゃないと、苛々して仕方ないんじゃないだろうか。

 正反対の性格と言える義弟が転がり込んできた一週間前から、オレのストレスは鰻登りだ。





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