短編小説(オリジナル) 5 「嫌、もう、やだ……や、あ゛っ、う゛っ」 「可哀想な七瀬、こんなに奥田を思っていたのに、とても可哀想」 カタカタを震える手を掴まれ、指先が辻宮の唇に挟まれる。 指先、手の甲に唇を落とされ舌が這った。 「先輩、まじで最低だ」 「心配しなくても七瀬は俺がちゃーんと慰めるよ」 「何言ってんだよ……!」 ぎゅうっと拳を握りしめた奥田が、今にも殴りかかりそうな勢いで向かってくる。 俺は、もう奥田と前みたいに過ごせない。 仲良しの親友じゃいられなくなったんだ。 「…奥田、来ないで」 「な、七瀬?」 ピタ、と奥田の足が止まり不安そうな返答だった。 「早く、出ていけよ……軽蔑したんだろ。気持ち悪いって思ってるんだろ?」 奥田が見下ろしたそこには、開かれたシャツの下にあるいくつもの辻宮のキスマークが覗いていた。 そこに重ねるように、辻宮の舌が這う。 肩を辿り、胸の突起に舌を絡ませ、へそを掬った。 浮き出た綺麗な腰骨を辿ると、そこは少しばかり熱を持っていることを主張していた。 奥田はハッとして視線を逸らし、背中を向けると更に拳に力を込めた。 「七瀬、オレ達、親友だよな……?」 その声は小さかったが、強く俺の耳まで届いた。 「もう、……奥田とは一緒に帰れない」 じわじわと溢れ出る涙をこらえて、そう答えると最後の方は声が震えてしまった。 「……そうか」 小さく一言そう呟いて、パタン、と寂しく扉が閉まった。 呆然と天井を見つめる俺の視界を覆いかぶさった辻宮に遮られる。 「先輩、もう、好きにしてください」 横を向き、ぽつりとそう言うと辻宮は目を丸くした。 「奥田とのことも無くなったようなものなのに?」 「もう、いいです、どうでも」 吐き捨てるかのようにそう呟くと、ぽろ、と涙が零れた。 「……好きだよ、七瀬」 この時ばかりは、辻宮の声も少し弱々しく感じた。 end. [*前へ] |