01 これが始まり、らしい
西洋風な建物が集まるこの辺りは、少し前までは廃墟同然の建物が立ち並ぶ場所であった。
住む人などいなかったこの場所に段々と人が集まり始め、寂しかったこの町が急にきらびやかになったと錯覚してしまう。
建物を今となってはほぼ全てを建て替えたのはこの町の隣に位置する国。
その国に聳える大きな城にいる何部隊にも分けられた騎士団だ。
騎士団のモットーは『全ての民に平等の幸福を』であるが、それは嘘っぱちである。
貴族には大変豪華にもてなし、貧民には目もくれない。
最低な輩であると、俺は知っていた。
そんな最低な輩に建てられたきらびやかな建物の間によく目を凝らして見なければ見つからないように、ひっそりと存在している建物がある。
『万屋-アンダンテ-』
木で建てられた木造建築らしい小さな建物のドアに掛けられている長方形の木に筆ででかく、そう書かれてあった。
わたしはその建物を見ながらむん、と意気込んで『万屋-アンダンテ-』へと近付く。
軽くドアを押すと鈴が小さく鳴り響いた。
開けた隙間から顔を出して中を見回す。
前の奥の方にはカウンターらしきものがあり、そのカウンターの後ろやカウンターを挟むようにして立っている棚。
棚びっしりと並べられた意味不明な初めて見るもの。
ベルを鳴らしても中は静かだ。
わたしは堪えきれなくなって、控えめに「ごめんください」と言ってみる。
「お客さんかい?」
どこからかくぐもった声が聞こえた。
お店の人かな、と思っているとカウンター後ろに山のように積み上がっている本が揺れる。
わたしは幽霊かと思い、思わず「ひっ」と声を漏らす。
すると、本の山から上半身を見せたのはどこからどう見てもただの男性。
頭に乗っている本を右手で掴んでページを確認しているのか目を動かしてから片手でパタン、と本を閉じた。
「いらっしゃーせー」
「は、はぁ…」
ダルそうに言った男性に反射でか頷いてしまう。
本の山を崩して、ようやく全身が見える。
だらしなく伸びきったオーカーの跳ねまくっている髪。
だらしなくそのままの無精髭。
だらしなくダラッダラな服。
男性は頭をバリバリと掻いてから大きな大きなアクビを客の前でして見せる。
──最悪だ。
「それで、人捜しペット捜し、人殺し拷問、パートナー捜し結婚相手捜し、何でもござれの『万屋-アンダンテ-』主人であるこの俺に何の用だ?」
いかにもダルいんですけどと言いたいような声音で言った主人らしい男性をキッと見つめる。
「探し物をしてほしいの」
「探し物?ふーん、へぇー」
男性は見た目や口調に合わず軽やかにわたしの周りをぐるぐると回る。
何をやっているんだ、この人。
「確かに、ペンダントが足りないな。ドルチェ」
「な…!?」
何でわたしの名前を。
わたしはもちろんこんな男性に会ったことも見たこともないはずだ。
それなのに、何故?
「ペンダント探しか。まぁ、いい。半月以上ぶりの客だからな」
「半月…。ねぇ、あなたって寝てたの?」
「ん、あー。客が行ってから寝たから、半月寝てたな。腹が減ってきた」
半月も寝ていただなんて、あり得ない。
男性は首や背中を掻きながら「準備してくる」とわたしに告げてから奥へ消えた。
奥からはトイレの水が流れる音がする。
それからすぐに男性が顔を出し、ひょいとこちらに向けて何かを投げた。
高くあげられたそれを受け止めようと手を広げる。
「落としたら10億な」
「ぶッ!?」
なんとか受け止めたものはなにやら細長いものに布を巻いたもののようだ。
中身は何だろうと好奇心に負けて見てみようとすると、奥から男性の声が聞こえる。
「中身を見たら1億」
「見ません見ませんごめんなさい」
しばらく待っていると、男性が姿を現す。
髪や髭はそのままに服装がさっきよりも少しだけきちんとした程度であまり変化は見えない。
「あ、そうだ。名前、名前は何て言うんですか?」
「んあ?俺は万屋のオーナーのエド」
「エド!?エドってあの第三騎士団団長のエド!?」
今から一年前。
騎士団から第三騎士団団長が脱走したと言うニュースがあった。
今まだ見付かっていないらしいが、まさかこの男性が…?
「んな風に見えっか?」
「見えませんねー」
ニヤニヤと笑みを見せる男性に向かって満面の笑みで言ってやった。
すると男性は舌打ちをする。
舌打ちって、あなた。
「同じ名前くらいその辺にごろごろいっからな。俺もそのうちの一人らしい」
「そうなんだ」
軽く返答すると、わたしを押し出して万屋を出る。
鍵を閉める様子は見られない。
泥棒に入られたって知らないんだから。
町を歩く。
周りの視線が痛いのだが、本人は全く気にしていないようだ。
「ねぇ、何で準備するのに髪をとかすのと髭を剃るのとは含まれてなかったわけ?」
エドさんは「んー」と唸りながら頭を掻き、次に顎を撫でるように髭を触る。
「目立たないためには、まず周りと同化する必要がある。そのためさ」
いや、同化してない同化してない。
とは言えずに「そっか」だけ言ってエドさんの少し後ろを歩く。
だらしないエドさんと一緒にいて長いものを持っているわたしも視線を浴びさせられてるんですからね。
するとエドさんは左に直角に曲がる。
わたしもついていくと、柄の悪そうな二人が建物と建物の間の狭い道を座って塞いでいた。
「兄さん嬢ちゃん、ここを通りたいのかい?」
「だったら、そうだな…。1万渡してからにしてもらおうか」
「1万か、わかった」
そう言って財布を取り出したエドさんにわたしと柄の悪そうな二人はギョッとする。
エドさんは1万を取り出し、ひょいと投げる。
それをぽかんとした顔で受け取る二人を見てから前に進み出したエドさん。
置いていかれないように駆け出すわたしはエドさんに問い掛けた?
「い、いいの?」
「何が?」
「質問返ししないでよ!お金、渡しちゃって!」
こちらに顔を向けていたエドさんはわたしから目をそらして目を細めてから顔を前に戻す。
「貴族なんかと、同じになりたくねぇからな」
「へ?」
どういうことだろう。
そう考えていると、エドさんは口元に笑みを浮かべながらまたわたしの方に顔を向けた。
「分け与えるだけの金を持ってんのに、自分だけのものにしてるやつになりたくねぇってこった」
「エドさん…」
意外といい人なんだ。
そう心の中で呟くと、何故かエドさんは吹き出した。
何事だろうと思いながら、エドさんについていく。
「あのさ、どこにいくの?ちゃんとペンダント探してるの?」
わたしの質問に今度は質問返しじゃなく無視らしい。
はい、無視ですか。
それから少し歩くと急にエドさんの足が止まる。
わたしも足を止めて見上げた。
「なに、これ?」
「見てわかるだろ。飲食店だよ」
「いや、飲食店にしてはでかすぎるよ!!」
ばかでかくてキラッキラと輝く、むしろギラッギラと輝いているエドさんいわく飲食店。
豪華すぎて入るのをためらわれる店に常連でもあるかのように入っていくエドさん。
わたしも少しためらってから中に入った。
「エドさん…」
「…何だ?」
「食べ過ぎじゃないですかぁ!?」
もしゃもしゃと豪華そうで見たこともないものを詰め込んでいくエドさんにそう言うと、エドさんは笑う。
「いやぁ、半月分を取り返そうと思って。あ、それこっち」
テーブルの上一杯に置かれている料理にどうすればいいのかわからないのか狼狽えている店の人にこちらに置くように促したエドさん。
「何黙っているんだ。お前も食べていいぞ」
「本当ですか!?うわーい」
飲食店から出ると、わたしは倒れそうになった。
お腹が一杯すぎて吐きそうだ。
わたしよりもたくさん食べていたエドさんはけろりとしている。
エドさんって、何か変。
「変とは失礼なやつだな」
「は…?今声に出てました?」
「出てないけど?読んだんだよ、心を」
「ちょっとぉぉぉぉ!!何勝手に読んでんですか!?読んでんですか!?ですか!?」
肩をすくめながら笑うエドさんの腹に何度もパンチを繰り返す。
「俺に向けられた心の声が聞こえちまうだけだって。全部聞こえる訳じゃねぇから、安心しな」
じゃああの意外といい人なんだ発言も聞こえてたって訳なんだ、そうなんだ。
「さて」と言って懐から取り出したのは直角に折れ曲がっている二本の棒みたいだが。
「ダウジングマシーン」
「……。何ですか、それ」
「聞こえなかったのか?じゃあもう一度、ごほん。ダウジ──」
「そうじゃなくて!その声よ!それじゃただの猫型ロボットじゃない!!」
愉快そうにケラケラと笑ってからわたしの頭に手をのせ、わしわしと撫でる。
わたしは笑ったままのエドさんにただやられるがまま、撫でられるがままだ。
あ、もしかしてわたし、流されてる?
「よし、ダウジングを始めるぞ」
ちゃんと二本の棒を両手に持ってからダウジングマシンにしたがって歩き始めるエドさんについていく。
今度は本気で探してくれているようだ。
「近い気がする。気を付けろ」
そう言って振り返ったエドさんは、振り向き様にわたしに向けて何かを投げた。
わたしの髪を数本切ってから壁に刺さったのは一本のナイフ。
横に視線をずらすだけで目に入るビィィンと音をたてて小刻みに揺れているナイフ。
「…あ、危ないでしょぉぉぉおおおッ!!」
「護身用のナイフだ、隠し持っとけ」
さっきのだらしなくて気だるそうな声なんかではなく、張り積めた声でそう言ったエドさんには緊張感が見える。
わたしは思わず息を呑む。
壁に突き刺さっているナイフを抜いて懐に隠してから、エドさんはゆっくりと歩き始めた。
それから少ししたところで、エドさんが持っているダウジングマシンの棒の先が開く。
ここにわたしのペンダントがある。
「……来る」
「…!!」
爆発音。
そして、燃え上がる炎。
わたしはエドさんに抱き抱えられて高く舞い上がっていた。
落ちないようにエドさんの服をしっかり掴みながら煙や炎が上がる場所を見つめる。
高いビルのような場所に着地してから下ろされるが、腰が抜けたようで立てない。
「あれがお前の持ってたペンダントの力だよ」
「わたし、知らないよ。あんな力があるなんて…!」
ハッと思い出される記憶。
目の前に見えるエドさんの背中。
「どこにいくの?危ないよ!?」
「ペンダント取り返しにいくんだよ。それが依頼だろうに」
「嫌だ、やめて。あなたも燃えちゃ──」
エドさんが怖い顔で振り返る。
わたしはいつの間にか転がっていた。
わたしはいつの間にか「んぎゃ」と言いながら屋上にあるドアにぶつかっていた。
わたしはいつの間にか細長いものを持っていなかった。
いつの間にかエドさんはわたしの持っていた細長いものを持っていた。
エドさんの目の前には見覚えのあるペンダントを首に提げている狐目の男性。
キキキと奇妙な笑い方をする男性にエドさんは不愉快そうに顔を歪める。
「あれがお前のペンダント、いや、秘宝“炎の限界(オーバードライブ)”の力だ」
「キキキ、わかってるんじゃん。でも、知っていても意味はないよ。これから死ぬもん」
ペンダントが宙に浮かび淡い光を発する。
美しい炎の色、橙色の光。
危ない、と叫びかけるがエドさんはこちらに笑みを見せて「黙ってろ」と言う。
ペンダントが目も眩むような白の光を発して、わたしは目を閉じる。
爆発音、煙、炎。
それらがエドさんを包んだ。
「エドさんッ!!」
叫び声に近い声で彼の名を呼ぶ。
狐目の男性がキキキと気味悪そうな人形のようにこちらに体を向ける。
狐目の男性の横にはエドさんは、いない。
わたしも燃やされる。
エドさんや、家族のように──
いつものように買い物に行って帰ってきて、いつものように家のドアを開けて、いつものようにただいまを言った。
いつものように笑顔のお母さんやお父さんがいて、いつものようにわたしは抱きつく。
はずだった。
そこには何事もないようにいつも通りな家と、真っ黒に焦げてしまって異臭を発する二人。
わたしは一目でわかった。
その二人は、正しく。
お母さんとお父さんであると。
『ああぁぁあぁああぁぁぁああああぁぁああぁあぁああ…ッッ!!!!』
焦げて倒れている二人の間に転がっている真っ赤なペンダント。
お母さんが大事そうに毎日持っていた血の色に似た気味の悪いペンダント。
それを拾い上げて、ただ叫んだ。
こうしてわたしは。
天涯孤独になった。
震える手でエドさんからもらったナイフを手に取る。
狐目の男性は首をかしげて「おや」と言う。
「僕に歯向かうのかい?勇気があるねぇ」
「勇気なんて、ない。わたしがあるのは、怒りよ…!」
狐目の男性がキキキと笑って、またわたしのペンダントの力を使おうとする。
わたしは死ぬかもしれない。
それでも、わたしは。
狐目の男性に向かって駆けようとしたが、それは遮られた。
ペンダントの力を使おうとしたらしいが、それは遮られた。
その理由は簡単だ。
わたしと狐目の男性との間に、人が現れたからだ。
「かっくいーじゃん、ドルチェ」
そこに現れたのはすらりとした刀身の剣を持ったエドさんだった。
「生きて…た…」
「俺がそう簡単に死ぬかよ」
わたしに背を向けたまま、狐目の男性と向かい合うようにして立っているエドさんには火傷や燃え跡ですら見えない。
「“炎の限界”の力を受けながらも生きているなんて、お前何者だぁ!?」
「俺の名前が知りたいのか?そうかそうか、そうまでして知りたいなら隠さず教えてやる」
剣を自分の体の一部のように軽々と回してから、再度握り直したエドさん。
「俺の名前はエド。第三騎士団団長エド・センツァだ」
そう告げてすぐに振り下ろされた剣は狐目の男性を斬る。
だが、血液は噴出されずに仰向けに倒れ込んだ狐目の男性。
「“嘘の刀身(ファンタジア)”この剣で斬られたら好きな時間までの記憶を消せる優れ物だ。脳以外に損傷は与えない剣でもある」
エドさんはわたしの方に体を向けた。
再び腰を抜かしたわたしはナイフを手から離して座り込む。
困ったような笑みを浮かべるエドさんがわたしを見下ろす。
「まぁ、あれだ。嘘ついて悪かったと言いたいところだが、お前の記憶も消さなきゃならねぇ。俺って脱走犯だから、捕まると困るから」
ペンダントをひょいと投げてから剣先をわたしに向けた。
ペンダントを受け止めて胸の辺りで握ってから「待ってください」とエドさんに言ってから顔を上げる。
「わたし、エドさんが騎士団長のエドだなんて絶対に言わない。だからわたしをエドさんのお店で雇ってください!お願いします!!」
エドさんは黙り込む。
どうか、どうかお願いします。
わたしはたったひとつの家族との繋がりであるペンダントを落としました。
そして、こうやって出会ったのは運命であると信じています。
口と心で何度もお願いしますと言っていると、エドさんがため息をつく。
ダメ、だったか。
「いいよ、雇ってあげても」
「ホントですか!?やったぁ!!」
ぴょんぴょんと跳ねて、喜びを体で表現しているわたしに「ただし」とエドさんは言う。
「俺の言うことは必ず。わかったな?」
「わかってますよ、エドさん!」
笑顔のわたしに背を向けて、剣を布で巻いてから歩き出したエドさんをわたしは追いかける。
これはわたしとエドさんの、物語の始まり。
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