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紅の女神
◇◇◇◇

 外では月が雲に隠れ、ぼんやりとした淡い光を発している。
 アサヒはそれを見るでもなく、ただ窓辺に佇んでいた。
 やがて飽きると、寝台に突っ伏す。
 ほのかに薫る干し草の匂いがアサヒの鼻をとおり抜ける。

「アサヒ、入るぞ」

 不意に出入り口に垂らされた織物の向こうから呼ばれる。
 驚きで寝台から飛び降りる。
 その行動から一瞬、遅れて入ってきた者はハグイだった。

「父さま!!」

 突然の訪問に、衣や髪の乱れを気にして整える。

「いや、ちょっとお前と話がしたくてな」

 そう言うと、ハグイは寝台へと腰掛け、自分の隣を軽く叩きアサヒにも座るよう促す。

「私も聞きたいことが……」

 下を向いて呟くアサヒ。

――聞きたいこと、がハグイにはもう分かっていた。

「センヤどのと何があったか、だろう?」

 弾かれたように面をあげる娘に微笑むとハグイは正面を向いて話し始めた。

「我は昨日、ヤガミの住まう洞窟でセンヤどのと会った」

 アサヒは眉をしかめ、ハグイを凝視する。ハグイはそれを気にせず更に伝える。
 全てを話し終えた後、アサヒに目を向けた。

「なぜ、センヤが洞窟に……」

 呆然とした面持ちで、赤い瞳が大きく見開かれている。

「アサヒ」

 優しい声がする方へ自然と視線が動く。

「お前は……センヤどのから旅の目的を聞いたのだろう?」

 こくりと頷く。

 彼は青蒼の神にかけられた呪いを解くために、自身と同じ境遇の娘を捜している。

 ――その娘はアサヒなのだ。

「私はセンヤの呪いを解いてあげたい。でも、それは紅玉を滅ぼすことになってしまう……」

 誰も犠牲にならないというのなら、どんなに良かっただろう。
 だが、実際は違う。
 女神の子としてみんなから大切に育てられてきたアサヒに、クニをクニの人々を犠牲にするなどできなかった。

 ――それから
 センヤへの気持ちも分からない。
 しかし、彼のことを思うと、なぜだか胸が締め付けられているかのように苦しくなる。
 そして唯一アサヒがはっきりと分かっていることは、センヤを助けたい、ただそれだけだ。

 しばらく、見守るような眼差しでアサヒを見ていたハグイが、

「アサヒには今まで言わなかったんだが…もう時間がない。怒らずに聞いてくれるか?」

 いつもと雰囲気の違う、どこか悲しげな父の姿にほんの少し戸惑う。
 だが、アサヒは微笑んで、

「私が父さまに怒りをもつことなどあるわけないわ」

 その言葉にハグイはぎこちない笑みを返す。

「ヒサノメ……お前の母親のことは話したことがあるな」

「はい、何回も聞いたわ。……母さまについて、なの?」

 期待に赤い瞳が輝きだす。
 しかし、ハグイは目をそらし、

「確かにそうだ。――だが、今までとは…少し、違う…」

 アサヒの耳にはハグイの言葉しかはいってこない。
 それだけ辺りは恐ろしいほどに静かな空気に包まれていた。

「…お前の母親は産後の肥立ちが悪くて死んだのではない。ヒサノメは――」

 頭に置かれた手が微かに震えている。
 ――もうこれ以上、聞きたくない。


「ヒサノメは、アサヒを守って……この世からいなくなった…」

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