あの場所に置き忘れたままの<034>
死喰い人達が取り囲む対象にいたのは昔見た姿だった。
「良紀……?」
「……なんで私の名前を知っているんですか」
突然現れ突然消えた彼女は知らない。トム=マールヴォロ=リドルは知っていても、ヴォルデモートは知らない。
ましてや恐怖の象徴、ヴォルデモート卿がリドルの成長した姿であるなど知るよしもなかった。
「……リドル」
「………。」
「トム=リドルっていう友達がいるんです。あなたによく似ている」
「それはどういう意味だ?」
「外見もだけど、それ以上に中身が似てて……。
あ、だからといって深い意味があるという訳でもないんですけど…。」
話しながらもその華奢な指先は、真っ白な紙を折るのを止めはしない。
「……元気かなぁ」
目の前の良紀は記憶の中のそれと何も変わっていない。けれども、自分は変わりすぎた。
「お別れ言えなかったんです。私自身も知らなかったから。でも、多分……ううん、絶対、彼を怒らせちゃいました…。」
「だろうな」
「ヴォルデモートさん、今から言うことを戯れ事だと笑ってくれても良いですが、聞いてくれませんか?聞いてくれるだけでいいんです。」
折り終えた紙を手に乗せてもう一方の指で優しく撫でる動作も全く同じ。一緒に動かした人差し指と中指が離れると同時に、紙が意思を持ったように起き上がるところまで、全く何も変わらない。
「私、この世界の人間じゃ無いんです」
リドルだった時に彼女に開心術を使ったことが一度だけあった。
自分の知らない術をつかう得体の知れない危険分子だった頃。
良紀の記憶はこの魔法界にもマグル界にも無い物だけで構成されていた。
何となく感づいてはいたものの、良紀の口からその事実を話されるのは、また違った感覚を呼び起こす。
「所謂“神隠し”みたいなやつだろうとは思うんですけど、気付くといきなりこの世界、もしくは元の世界にいるんです。
期間や時間、場所について考えようにもたった2回じゃ法則性も何も見出だせないですし……。
彼に、謝れないかもしれない。沢山お礼を言いたい事もあったのに」
良紀はリドルを見捨てた訳では無かった。
彼女自身どうしようも無かったんだ。
その事実に心は少し救われたけれど、もう遅い。
今リドルは居ない。居るのは、絶望そのものであるヴォルデモートだから。
「……すいません、忘れてください」
「別にお前が嘘を言ってるとは考えていない」
「ありがとうございます……」
影に包まれていた瞳が大きく見開かれたと思うと、水の膜に包まれる。
「……何故泣く」
「すいませっ……」
抱きしめたい衝動に駆られたものの、今の自分にそんな資格が有るようには考えにくい。第一そんなことをする自分が想像つかない。
殺し切れない衝動を頭を撫でてやることで満足させてやっていると、ゆるりと上がった良紀の漆黒の瞳に自身の深紅が映っていた。
034:あの場所に置き忘れたままの、
(彼女の涙は過去の自分へ向けられた物)
御題提供:追憶の苑様【切情100題】
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