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この手が届かないところまで<035>


かさりと微かな音を聞いた辺りから全ては決まっていたんだ。
既に僕程度の――人間程度の力じゃどうしようもない終局を迎えると。


あれは彼女から借りた本を読んでいた時だった。
今思い直してみれば、彼女からお守りという名目で貰った“シキガミ”という人形の不調が一つめの兆候を顕していたのだろう。
いつも僕に付いて周り、移動をするときには我が物顔でポケットに陣をとり、本を開けばぶら下がる“それ”がただの紙に戻っていた。

彼女からそれを作って貰ったのも相当前の事だったこともある。さして疑問に思うことも無く、そろそろ最後のページをむかえるこの本を返す時にでも見てもらおうと思ってしまったのだ。




曲げた中指の関節で扉を二回ノックする。返事も何も無いのは初めてだった。(ちなみにいつもは彼女がいない時にはシキガミがいた。全く便利な物だ。)

不思議に思いノブを回せば抵抗も無かった。どうやら鍵もかけていないらしい。「不用心だな」と零しながら扉を開けた。
その瞬間の事は嫌になるほど、くっきり目に焼き付いている。



窓からさんさんと入り込む光。

それを反射し七色に煌めく水鉢。

彼女のお気に入りの椅子の傍らで無残に砕けているカップの残骸。

そして、碧色に光る石の付いたストラップ。


いつも彼女が肌身離さず持ち歩いていた。元はネックレスだったが自分が翆のそれをあげてからは碧いストラップに姿を変えて携帯するようになっていた。
一度真意を尋ねてみたときには「お守りみたいなものかなぁ」と言っていたし、そう述べる顔には嘘は感じられなかった。きっと言葉の通りなのだろう。


しかし、由来なんか今は問題では無い。
今問うべきなのは「そんな大事な物を置いて何処に行ったのか」ということ。
彼女が離れていようと常に働いていたシキガミが、二つとも同時に効力を無くすとはいくらなんでも考えにくい。
さらに、割れたカップと零れた中身をそのままにして出かけるなんてことも。




035:この手が届かないところまで




今、君はどこにいるんだい?

ねぇ

――良紀。

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あきゅろす。
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