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ボーダーライン(牧物悲恋)
*牧物ふたご村 女主←チヒロ
*悲恋すぎて笑えない内容
*女主の名前は"サト"で統一



〜〜〜〜〜〜



「ねぇ、サトさん」


ベッドの上、スヤスヤと眠る少女を見つめながら、その傍らの椅子に腰掛けているチヒロが小さな小さな声で呟く。
小鳥の足音のような、本当に小さく微かな声。
寝息をたてるサトが起きる気配はない。
そのことを十二分に理解した上で、チヒロは更に言葉の続きを紡ぐのだ。


“貴方が好きです”と。



チヒロがサトに出会ったのは、今からちょうど一年前。
その頃から、確かに彼は彼女にずっと惹かれ続けていた。
最初はある種、それは憧れに近い感情だったかもしれない。
どんなときも挫けず、明るく笑うことのできる素敵なヒト。
そんなサトの姿を見て、チヒロは何度も元気をもらったし、また勇気付けられた。

しかし、今は違う。

今は、あの頃よりもっと複雑で貪欲な感情がチヒロの心を支配していた。


(もっとサトさんを知りたい)

(もっと触れてみたい)

(僕だけを見てほしい)


ひたすらに一途で、そしてそれ故に醜くもある感情。

────独占欲。


積もりに積もった愛情は、理性を確実に蝕んでいく。
疲労で倒れた彼女の看病を、不謹慎にも嬉しいと思うくらいに。
それほどまでに、サトの存在は歪んだ形で彼の中で大きなものとなっていた。



「僕を愛してください」



祈りのような、求める声。
彼女の返事はもちろんない。
ブルーベル村とこのはな村、どちらでも皆から愛されているサト。
どこまでも優しく、そしてどこまでも甘いヒトだから、きっと彼女は差し出された手を完全に拒むことはできない。
だからこそ、チヒロは自身の想いをサトに知らせるわけにはいかなかった。

そう、決して知られてはならないのだ。



「…まだ目を覚まさないでくださいね、サトさん」



やはり消えそうなほど小さな声で囁きながら、チヒロは優しく彼女の前髪を掻き分けその額に小さなキスをひとつ落とす。
少しくすぐったそうに身動ぎはすれど、眠り姫が起きる気配はまだない。
その事実に切なさと安堵を覚えながら、チヒロはにサトの布団を掛け直す。
温もりに包まれた、安らかな寝顔。
彼女の夢見る世界はきっと幸せに満ちているにちがいない。
だけど、その世界の中心にいるのはきっとチヒロではない。
そこにいるのは他の、例えば昨日彼女に青い羽根を渡したチヒロ以外の誰かで。



「貴方が好きなんです」


止めどなく溢れる想いが、言葉となってこぼれ落ちる。
けれど、その気持ちが彼女に伝わる日はもはや永遠にこない。
これからサトはチヒロ以外のヒトを愛し、その隣で幸せそうに笑うのだろう。
その事実を壊すほどの度胸も、彼女を奪う勇気もいまのチヒロにはない。

触れたいと願うほどに、大きく広がっていく距離。
その一線を越えることは、もはや不可能となってしまったのだと。
彼女の閉じられたままの瞳を見て、改めて悟る。

(このままサトさんが眠ったままなら良かった)


そうすれば、ずっと彼女の側に居られるのに。

行き場をなくした想い。
持て余した感情を閉じ込めるように、チヒロは熱くなった瞳をぎゅっと強く瞑った。


──サトの結婚式まであと一週間



ボーダーライン

(君の笑顔を守るための境界線)


END

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あきゅろす。
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