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その狭間で




この世界には神がいる。
時を支配するその少女は、この世界の始まりであり、終わりである。運命を統べる者。
彼女がいなければ、世界は滅ぶ。
世界は彼女の力の下に護られている。彼女は中心、彼女は核、彼女は絶対の存在なのだった。




***



身体が硬直していた。あらゆる器官が停止しているようだった。

暫くしてから人間ってのは驚きの感情が器から溢れ出てしまうと真っ白になってしまうんだろうな、と彼は勝手に肯いた。
虚ろな意識のまま、眼前に広がる光景に戸惑いつつ、膝をついて立ち上がる。
白い、いや色がない。色と認識されないらしい、本当に無色の空間が広かっていた。
――どうしたものか。




 #プロローグ




頭の中を駆け回る疑問の数々にウンザリしながら、手を結んでは開いて、結んでは開いてとキトは自分の存在を形を確かめてみようとした。なんだか、それだけで不思議な安堵感に包まれる。そんな気がした。落ち着いて再度、辺りに眼を遣った。
ふいに違和感を感じ、考え込む。その仕種に紫色の髪が揺れる。
普通、こういう場合は恐怖とかを感じるんじゃないのか、自分は可笑しくなったのか―ついに。それとも死んだのか―ついに。ではここは死後の世界というやつか。頭の中に沸き立つ疑問ひとつひとつと格闘しながら一歩ずつ足を進めてみると、



「人が? キミ?」



不意に後ろから涼しげな声が響いた。キトに確認出来たのは、伸びて揺らぐ人の形らしき影だけで姿はわからない。



「何かが応えてくれたの……か」



とその声は自問自答を繰り返す。
そんな不思議な影が気になって振り返り目を向ければ、これまた色彩の乏しい装束に身を包んだ少女が立っていた。少女と女性の間の年頃だろうか、耳を抜けていった声は落ち着いていて心地よく耳に染み込む。ひょっとしたら意外と歳は取っているのかもしれない。それより目を見張るものがあった。かなりの美貌の持ち主だ。しかし、それはどこか芸術品に似て完璧過ぎて無機質なのだ。艶っぽさといった類いのものが感じられないせいか、この美は神々しいものに思えた。無表情とまではいかないがどこか仮面を被ったような印象を受ける、そして冷ややかな視線が人を品定めするようにじっと見つめつづけていた。



「違う、キミは違う」



ふいに彼女は息を漏らしながら、残念そうというわけでなく淡々と言った。
何が違うのか、いきなり現れて否定されるのは気分がいいものじゃない。キトは深緑色の瞳を吊り上がらせた。ふざけるな、と心中毒づく。睨まれようと動じることもない仮面の口元は、何やら呟く仕草をしている。すると彼女の目の前で空気が渦巻き、淡い光が文字を成した。



「……キ、ト……噫……あれか」



輝くのは紛れもなく自分自身の名前。キトは度肝を抜かされた。何度か魔術という類いのものは見てきたが、ここまで派手に素性まで見抜かれたことはなかったからだ。それに第一こんなことを出会って言葉も交わさずにやるなど。どういう神経してる、と言いかけようとして止めた。



「私の名はシルヴィラン」



シルヴィランと名乗った女性は、紅玉に似た瞳を少しだけ細め、またキトを見定めるような視線を送りながら横に並んだ。
この空間に馴染んでいまにも消えてしまいそうな儚い煌めきをもつ白金の髪は緩やかに揺れ動き流れるよう靡く。



「他は……まだ知らなくて、いい……」



表情は、先程とさほど変わってなどはいないが、確かに笑っているらしいーーそう、キトには感じられた。
面白い獲物を、退屈しのぎの玩具を、見つけた子供のそれに似ている。今になって恐怖を感じはじめる己がいることにキトは気がついた。



「……帰す、から」



それを見抜いたのか。否なのか。幼子をあしらうような口調に変わり一歩先で止まる。



「世界は欲しい、か?」
「え?」
「真実を知りたいか?」



突拍子な質問だった。
そういう彼女を見てキトの脳裏にある人物が浮かぶ――シルヴィランという名前。少しの間を置いて頭を横に振る。
すると、鋭い紅玉の瞳が緩み、ゆっくりキトから視線を外した。

あるのかわからない空を仰いで、片手を伸ばすシルヴィラン。何かあるのか、何かを掴もうとする仕草を二、三度繰り返して諦めるように腕を下ろした。
どことなく自嘲的な色に濁る瞳だけが未だに上を捕らえている。何をしようとしたかわからないが彼女の視線を追って、眺める果てに見えたのは、小さな蛍のようなものだった。
揺らめく灯に似た淡い光を微かに放ち、浮いているだけ。



「此処にはどうやって?」



ぼんやりと問い掛けてくるシルヴィランにキトは、思ったよりも冷静に経緯を振り返れた。

離宮に行った帰り道から記憶が途切れているということだった。特にこれといって変わったことをした訳でもなければ何度も往復したことある道だった。夕闇迫る刻であったか、頭上を一羽の鳥が帰路に着こうと輪を描いて鳴いていたか、輪郭がぼやけた月がその中心にあったか。とにかく大差のないことだ。それでも全て思い出したことを洗いざらいシルヴィランに伝えた。
キトの話を聞き、相槌らしき頷きをしながらも光と戯れているシルヴィラン。話終えたキトは黙ってそれを見ていた。
やがて、



「……キミに一つ、世界の終が」



掌の上にあった燭に似た淡く揺らめいた光を握り潰してからキトを正面から見据えた。
果敢無く散っていく硝子のカケラに似た輝きを白闇が覆い隠すように静かに消した。



「変えず来るとしたら?」
「終わりがくるとしたら、か? 俺に何か出来るとか?」



はっきりとそう答えるキトにシルヴィランはまたその仮面をほんの少し崩す。見てとれる表情を現れたのだ。
柔らかな笑みを数秒、見惚れるキトが気づくまで彼女が人らしい温かみをその美貌に映していた。



「……何も、何も」
「お前が何者か、知ってて聞いている」
「なら、今に帰す」
「駒は、いた方がいいと思うが? 雑魚でも」
「……」



自信満々に言うキトにシルヴィランは、ふむと考え込む。
暫くの間、流れた沈黙を破ったのは鳥の啼く声だった。
尋常じゃない、そんな奇声をキトはどこかで聞いた気がして引っ掛かったがそれ以上にシルヴィランの放つ殺気が恐ろしく、あえて何も出来かった。辺りを一睨みするその姿は人外のものだったから。不気味な静寂が立ち込めた。



「……逝った、か…」



溜息が零れるとともに出た言葉。
キトはその様子を見守り、一区切りをつけ悲痛な面持ちを見せるシルヴィランの手を取った。
黙っておとなしくしている彼女に目線を合わせると、



「さっきの訂正だ。俺は優秀な駒だから、損はしない」
「怯えるものが?」
「あれは……もっと優秀になれる駒だ」
「……人で、あろう」
「人だ」
「………ま、いい」



そう言うとシルヴィランはキトと距離をとった。優しい色に戻りつつある双眸が空白を見上げた。



「シルヴィラン、真は……」



呪文か、唱え始めた言葉は空を踊り、キトの目の前に並んでいった。それはまるで、



「キト、私と契約をするのか? それはキミ次第だ」
「俺が言い出したことだ」
「……ならば名を……永久の約束に捧げろ」



二つの名前が刻まれる。
新たな始まりの為に少年が少女の手を取った瞬間だった。





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あきゅろす。
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