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雨が降りそうで降らない、そんなじれったい雨模様の日であった。大きな木箱が片脇に並ぶ路地を歩いていた頭上で鳴った、乾いた不快な音に私はふと足を止めた。後ろを振り返ろうとも何もないのは何となくわかっていたのだが、何故かそうせずにいられなくて。何度目か、その繰り返しでやっと一つの変化が現れる。さっ、と一匹のやたら汚い猫が視界に飛び入ったのだ。私がやたら気にしていた後ろではない、前に。上から飛び降りてくる形で。その汚れた猫は私に気づくや否や逃げ出すかと思いきや、いっちょ前に威嚇をしてくる。残念なことに自慢の毛はべっちゃりと躯に張り付いたままで。薄暗く静か過ぎる路地裏で奇っ怪なにらめっこ。互いに動じることも引きもしなかった。しばらくしてから突如して、別の音が乱入。猫も私も驚いて、そちらに気が削がれた。ただ、トラックが発車する音がしただけ。いや、トラックの荷台が見えたからそのトラックなのだろうと思う。また再び、視線を戻すと猫はいなくなっていた。怒号が飛んでいる。背後から駆けてくる足音。私は無言のまま振り返ることもなく、その影に声をかける。そして私の拒絶を孕んだ台詞に足音が一度止まって、引き返したのか、遠ざかっていった。全神経を使って余計な奴がいなくなったことを確信してから私は前へと歩きだす。そして、木箱の陰で小さくうずくまる黒い物体を見つけた。やはり、と私は目を細めた。足で蹴っても反応は皆無。少々、つまらなく残念だと息を漏らしたところでそれはやっと僅かに呻いた。しゃがみこんで覗きみればギンとしっかりとした眼光が私を捉えている。私が柔らに微笑むとその瞳孔は信じられないと目一杯開かれた。ゆっくりと手を近づける。動けないというのに微かに震える四肢を余所に頭を撫でてやる。五、六回往復すると穏やかにその綺麗な水晶のような瞳は閉じられた。やっと天からポツリ、ポツリと滴が垂れる。雨が降ってきた。それから私は力を失った痩躯を静かに硝子物を扱うように大切に抱えあげてその場を急いで後にした。



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あきゅろす。
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