短編夢
お互い様というわけだ(虹村/男主)
「先生ー、すんませーん。」
ガラガラと扉が開く音がした。ベッドから起き上がる。
『今先生会議だからいない、・・・虹村?』
「藍沢じゃねぇか。」
同じクラスの虹村修造。
『怪我したのか?』
「あー、さっきずっこけて膝擦りむいた。お前こそ、何か悪いのか?」
『ちょっと気持ち悪くなったから休んでた。でももう大丈夫みたいだから先生にお礼言ってから帰るかな。』
誰もいない状態にするのもなんだしな。
「こんな時間に一人帰ってまた具合悪くなっても困んだろ。」
だから一緒に帰ろうぜ、と言われた。虹村は確かバスケ部の部長だった気がする。
『いや、部活大変だろうし大丈夫だ。』
「バスケ部舐めんなって。お前一人送るくらい訳無いっつーの。」
別に特別仲がいいわけじゃなかった。クラスメイトで、時々話すかな、くらいで。
『虹村っていいやつだな。』
「それ女子に言われると中々キツイ一言って知ってるか。」
『残念ながら知ってた。』
そんな冗談を言ってから、俺はじゃあお言葉に甘えるよ、と返した。
しばらくすると先生が帰ってきたので、虹村の治療をしてくれた。
『じゃあ、体育館の近くで待ってる。先生、ありがとうございました。』
「一応気をつけるのよ。」
『はーい。』
ちらっと虹村の方向を見ると、切れ長の眼をした虹村が俺を見ていて、柄にもなくドキッとした。
何でドキッとしてんだ俺は。
「おー、待ったか?」
『いや、大丈夫。』
「体調は大丈夫か?」
『元々そんな大したもんじゃないから大丈夫だって。』
「重大な病気だったらどうすんだよ。」
妙に、真剣な表情だった。これはわりと本気で心配している表情だと思う。
『ありが』
「あっれー。ぞうきん踏んずけて転んだ虹村サン、彼女連れ・・・じゃねぇか。つまらねぇー。」
背が高めで灰色の髪の色をした男がひょいと顔を出した。失礼ながらガラが悪そうだ。
「灰崎。ボコボコにされてぇのかこの野郎。」
そう言いながら、虹村はすでに一発殴っていた。
「いってぇな。」
慣れているのか、灰崎と呼ばれる男は飄々としている。
「悪いな。後輩だ。」
『へぇー。俺は虹村と同じクラスの藍沢遊羽。よろしく?』
「よろしくしなくていいぞ。」
「藍沢サンのが優しそうすね。灰崎祥吾す。」
灰崎くんは、不良みたいだったけど、根は悪くなさそうだった。
「アンタが部長だったら、堂々とサボれそう。」
しかし、完全に俺をナメている。
『俺、レスリング部だけど覚悟ある?』
「「は!?」」
『嘘だよ。』
笑い飛ばしてくれよそこは。
「やっぱアンタのがこえぇわ。じゃ、俺帰るんで。」
あれ、灰崎くんも一緒に帰ればいいのに、と言ったら冗談、と言われ、先を歩いて帰ってしまった。
「悪かったな。まあ、素行には色々問題あるけど、悪いヤツじゃねぇ、わけでもないけど。」
『大丈夫大丈夫。意外と後輩に好かれてんだな。』
「やめろよ気持ち悪い・・・」
灰崎に好かれるなんて天変地異が起きてもないと言い切られた。
「つーか、レスリング部って・・・ブフォ!その見た目でかよ!」
『よーし、怒った。』
チョップでもしてやろうかと思ったら、急に視界がグラリとした。
「藍沢!」
恐らく、すかさず虹村が助けようとしてくれたんだと思う。だけど、足がもつれて虹村を下敷きにしてしまった。
そして、口に何とも言えない感触。
あろうことか、俺と虹村の唇が重なり合う悲劇が起きていた。
「『おわぁぁあ!?』」
バッと俺は飛びのいた。
「大丈夫か?・・・よし、今のは事故だ事故。行くぞ。」
虹村の方が切り替えが早く、すぐに立ち上がって前に進んだけど、耳だけは真っ赤だった。
一度も振り向かない虹村に、俺はホッとした。
多分、虹村以上に俺の顔は赤いんだろう。
あー、まさか。虹村に惚れてしまうなんて。
虹村は恐らく、キスという行為に赤くなっているだけだとは思うけど。
「じゃあ、お大事にな。」
『ありがとう。虹村も、膝お大事にな。』
おう、と答えて虹村は、歩き出して行き、俺もドアを閉めた。
『うわぁぁぁあ!!』
母さんにうるさい、というのと体調の心配をされた。先生が気を利かせて連絡してくれたみたいだ。
しかし、それからというもの、虹村は俺に話しかけてくる割合が増えた。
同じクラスの矢野にもお前らそんな仲良かったか、と言われる程には。あの時のキスには一切触れて来ないから、本当になかったことにされたんだな、と思う。
「虹村さん。」
「何だ赤司。」
たまに赤司と呼ばれる後輩に話しかけられている虹村。
『確かキセキの世代とか呼ばれてるうちの一人だっけ?』
「ああ。そろそろ部長を譲るからな。」
『早くないか?』
まだ春なのに。
「・・・ああ、そうだな。今日一緒に帰れるか?」
俺は部活に所属していないから、あの日以来一緒に帰ることはなかった。
珍しい誘いだった。
『ああ、分かった。待ってる。』
「この前のとこでな。」
適当に明日の宿題なんかをやりながら、虹村が終わるだろう時間に、この前待っていた場所に行った。
10分くらいすれば、虹村が出てきて。
「悪ぃな、待たせて。」
『いや、大丈夫。』
少しの間、沈黙があった後に、虹村が口を開いた。
「部長交代早くないか、っつー話なんだけどよ。」
『ああ。』
「俺の親父が、今入院してんだ。まだ安定してるけど、夏の全中頃にはどうなっているかわからねぇとも言われた。」
衝撃だった。いつも、明るく話してる虹村が、そんなことを抱えていたなんて。
「俺は、試合中に親父の具合が悪くなったら、親父の方へ行く。だから、赤司に任せる。まあ、あいつは俺以上に器もデカイしな。」
心配はしてねぇよ、と虹村は言うけれど。
『何で、俺にそんな大事なこと話したんだ。』
「・・・何でだろうな。分からなねぇけど、話したかった。」
『・・・そうか。ありがとう、話してくれて。何か出来るような人間じゃないけど、何でも言ってくれ。』
「お前もな。」
にぃっ、と笑ってから、頭を撫でられた。
『おー。』
お前が好きだということ以外は、何でも話すよ。
お前の言う信頼出来るヤツ、でいたいと思う。
それから、多分俺達はずっと親友だった。
だから、俺もそれでいいかな、って思うようになった。
いつの間にか卒業式の日になっていて。周りは泣きじゃくっていたり、後輩に見送られたりと、意外と騒々しい。
俺は虹村と少し人気がない場所まで歩いた。
「じゃあ、またいつかな。」
『高校行っても頑張れよ。』
「お前もな。・・・一つだけいいか?俺が何を言っても、聞き返したり、すんなよ。」
『?ああ。』
「ちょっと、目ぇ瞑ってろ。OKっていうまで、絶対開けんなよ。」
言われた通りに目を瞑った。
肩を掴まれて、一瞬ビクリとしたけど、開けるなと言われてるので、ギュッと目を瞑り続けた。
すると、唇に、感触が。
え、いや、え?
『ん、虹っ、』
「開けんな。・・・好きだ。」
それは、俺が伝えたかったけど、伝えられなかった言葉だった。
「じゃあな。5秒後に目ぇ開けていいぞ。」
虹村の走り去る音が聞こえた。
『・・・っ俺も、好きだよ!!言い逃げすんな馬鹿野郎!』
俺がそう叫ぶと、足音が止んだ。多分言われた5秒は、経ったと思う。目を開けると、最大限まで目を見開いた虹村がいた。
『・・・間抜け面だな。』
「し、しょーがねーだろ!んなこと言われるなんて思いもよらなかったんだよ!」
『俺もだけど。』
「・・・だよな。」
今更ながら、恥ずかしさが出てくる。
「い、いつから、だ。」
『保健室で、会った後の帰り道。・・・何にやにやしてんだ。』
「いや、俺もだから、だ。」
結局、あの時から、2人して意識してたのか。
「だけど、まだ家のことが色々あって、お前をちゃんと大事に出来るかわからねぇ。」
俺は、こくりと頷いた。
「だから、俺がちゃんと藍沢を、大事に出来る時が来たら、迎えに行きたい。」
それでもいいか、と言われて。そんなの。
『ずっと待ってるに決まってるだろ。』
「・・・くそ、卒業式絶対泣かねぇって決めてたのに。バカヤロー。」
ぐいっと少し乱暴に自分の涙を拭っていた。
『意外と泣き虫だな。』
「あー、うっせぇ!とりあえず次会うまでの前払い貰っておくからな!」
俺を更に人気のない場所に連れ込む虹村。
何かもう良く分からない位キスをしていたと思う。
前払い随分多くね?って聞いたら、足らねぇ位だけど、と真顔で返された。
それから、虹村と俺は一回も会うことはなかった。
今日は大学の卒業式なんだけどな。
またいつかな、なんて不確かな約束をしながら、皆と別れた。
「遊羽。」
『・・・虹、村?』
振り返ると、あの日より少し大人っぽくなった虹村が、目の前にいた。
でも、ほんの少し照れ臭そうな表情で。
「迎えに来た。」
お前も泣き虫じゃねぇか、なんて憎まれ口を叩いてるけど、返事とか全部忘れて俺は駆け出した。
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