香蘭学園
10
苦しい。
無数の泡が、水が器官を圧迫する。
力が入らない。
飛沫が音を立てて水が溢れる。
意識が遠退く―――。
『殺されるッ!』
虚ろになる意識の中、もがきながらも押さえ付ける腕が視界にはいると、精一杯の力で噛み付いた。
「ギャッ!!クソガキが。」
悲鳴が聞こえたが、振り向きもせず一心不乱に玄関から裸足のまま飛び出していた。
濡れた衣服が重い。
お腹が減って足を動かすのもやっと。
髪もグチャグチャ、薄汚れた衣類は乱れ、足を引きずりやっとの思いで捕まらない距離まで逃げていた。
「はッ…ハッ…。」
民家の外壁に寄り掛かり腰を落とすと、ずっと堪えていたはずの涙が溢れてくる。
「朔ちゃん…は、元気な…のかな。アハハハ…。」
空を見上げれば、こんな時まで浮かんでくるのは朔夜のことばかり。
笑って、はしゃぐ姿が走馬灯のように幻の朔夜が目の前を過ぎる。
「疲れた……。」
日狩がポツリと呟くと、民家からは笑い声が外まで漏れ、楽しそうな子供の声、優しそうな親の表情。
気づかれないように覗き込むと特別裕福な家庭でもなく、ごく当たり前が羨ましくもあり、憧れの対象が目の前にある。
近くて遠い、今はそれが一番欲しいものだった。
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