大ハプニング
「ぐぼぉっ!!おぇえっ…み…みでゅ…おみどぅ……」
胸元を激しく叩きながら、コップの方に手を伸ばす。
だが、何という事だろうか。虚しくもそのコップの中身は空っぽだった。
流石に生命の危機を感じたのか、リファの顔に汗が溢れ出し始める。
一刻も早く喉に詰まったハンバーグを水で流し込んでしまわなければーー。
ーーコトッ…
「……っ!?」
すると、空になったコップの横に水の入ったコップが置かれた。
「バカが…そんなに一気に詰め込むからだろう……」
「ぶほぉっ!!ゴホッゴホッ……!」
現れた人物を目にした途端、更にむせてしまったリファ。
置かれた飲み物を素早く手に取るなり、一気に口へ流し込む。
「…ふぅ……」
何とか危機は回避出来たようだ。
「どうもすみません、ベジータ王じ…っ…ひぇぁあっ!」
リファに飲み物を渡したのは、意外にもベジータだった。
だが、先程から何か様子がおかしい。辺りが一気に凍り付いたような気まずい雰囲気が漂っている。
一体何があったのだろうか。
「き…さ…まぁぁああああ……」
「ひぇええっ!ご、ごめんなさ…っ!」
思わず座り込んだまま後退りするリファ。
目の前にあるのは、怒りによってプルプルと震えているベジータの姿。
いつの間にか髪色が金色に変わり、物凄い気を放っている。
それもその筈。
そんな彼の顔には、先程リファの口の中に入っていたハンバーグの欠片があちこちに付いていたのだから。
恐らく、突然のベジータの登場に驚かされ、吹き出してしまったのだろう。
ブルマといいベジータといい、夫婦揃っての大被害である。
******
「…た、大変申し訳ございません!あ、あの…大丈夫ですか……?」
ハプニングから数分後、大被害に遭ったベジータは、洗面所で顔を洗って戻ってきたようだ。
勿論機嫌は壮絶に悪い。
そんな彼に、恐る恐るフェイスタオルを差し出すリファ。
「…………」
そんな彼女を横目でチラリと見やるが、何も言わない。
ただ無言で差し出されたタオルを受け取り、せっせと顔を拭くだけ。やはり怒っているのだろうか。
一方、リファはベジータと目が合った途端、すぐに視線を逸(そ)らす。
先程の事もあるのだろうが、リファが気にしていたのはそれ以前の問題だった。
ブルマと話していたように、彼は今最も会いづらい人物だからである。
だが、このまま沈黙し続けるわけにもいかない。何か話題はないかと、必死に探し始めた。
「無用心にも程があるだろう……」
「え……?」
だが、沈黙はベジータによって破られた。
「…鍵が開けっ放しだったぞ。戸締まりくらいちゃんと出来んのか貴様は……」
それも、放たれた言葉は特に触れられたくない内容でもなく、全く予想だにしない事だった。
「え…玄関から入って来たんですか?」
そして意外だった。悟空も彼も、基本的に何でも力任せで突破しようとするからである。
今回扉が破壊されなかったという事実に驚いているようだ。
「ほう…何なら今すぐぶっ壊してやっても良いんだぜ?」
「ちょっ、ちょっと待って!そんな事言ってませんよ!」
リファの居る場所の反対側の方向に向かって気功波を撃とうとしているベジータ。
そんな彼の前に立ちはだかり、両手を広げ全力で阻止する。せっかく慣れ始めているマイホームを潰されてなるものかと、彼女は必死だった。
ベジータの場合は、嘘か本気かよく分からないからである。
だが、彼が心配していた事は本当だろう。
比較的安全な星とはいえ、絶対に安全なのかと問われるとそうではない。
自分達が居ない間に何が起こるか分からない為、最低限の自己防衛くらいは必要だと彼は言いたいようだ。
そんな自分の軽率さを情けなく思ったリファは、畏(かしこ)まったようにその場で正座をすると、力なく笑いながら呟くように話し始めた。
「…すみませんでした。でも、ベジータ王子が私を心配して来てくれてるなんて…嬉しいです……」
「なっ……!か、勘違いするなっ……貴様の為ではない。何かあったらオレがブルマに色々文句を言われるからな……そいつが気に食わんだけだ…… 」
真っ直ぐに礼を言われ、くすぐったく感じたのだろうか。そっぽを向き、全力で否定するベジータ。
恐らく、嘘と本当の半々といったところだろう。
彼の本心はどうであれ、リファはとても嬉しかったようだ。
「でも私、てっきり避けられているのかと思っていたので……」
あの日から、ずっと悩んでいたようだ。もし会いに行って、彼に不快な思いをさせてしまったらと。
数ヶ月の間、あと一歩の勇気を出す事が出来なかった。
このままお礼も言えず、二度と会う事さえも出来なくなってしまうのではないかと、不安で仕方がなかったようだ。
「何言ってやがる。避けていたのは貴様の方だろう。オレは修業で忙しいんだ。いちいち貴様なんぞに構ってられるか」
一方、リファの言っている言葉の意味が分からず、腕組みをしながら彼女を見下ろすベジータ。
勿論、眉間にはビッシリとシワが寄っている。
表情からは全く読み取れない。
だが、戦闘服が所々破れている事から、大体の事は予想できる。
恐らく、ブルマから簡単な話を聞いた後、大急ぎで此処へやって来たのだろう。
ホッとしたのか、リファに再び笑みが戻る。そして、ベジータに向かってもう一度頭を下げた。
「ベジータ王子…ありがとうございます……」
「…べ、別に…オレは何もしていない」
自分は礼を言われるような事は一切していないと思っているようだ。
突然畏まるリファに戸惑ってしまい、明らさまに目を逸らしている。
「ふふっ…」
その様子がやはり彼らしいと感じたのか、リファは口元に手を添えながら控えめに笑った。
「な、なんだ!?」
思わず眉をひそめるベジータ。バカにされていると思ったのだろうか。
だが、リファの表情は変わらない。
素直に気持ちを表現する事が出来ないベジータだが、リファには彼のそんなさり気ない優しさに気付いていたからである。
「いえ…嬉しいなあって…」
「チッ…おかしなヤツだ…」
ニコニコ笑っているリファに対する照れ隠しのつもりだろうか。ベジータは舌打ちをし、背を向けてしまった。
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